フルメタル・パニック!12  ずっと、スタンド・バイ・ミー(下) (富士見ファンタジア文庫)

【フルメタル・パニック! 12.ずっと、スタンド・バイ・ミー(下)】 賀東招二/四季童子 富士見ファンタジア文庫

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うわぁ、お見事。宗介とカナメの物語としては、期待値を上回る見事な締めでした。
正直、ここまで人死が出てしまっている以上、宗介がカナメを取り戻したとしても二人が幾多の血塗れの犠牲の上に幸せを築けるのか、二人がそれを受け入れられるのか、読者である自分が納得してハッピーエンドを受け入れられるのか、少なくとも11巻を読んだ時点では非常に不安でした。
まず、このモヤモヤとした感じは払拭できないだろうと思っていた。
それを、見事に吹き飛ばしてくれたんだから、これはもうお見事としか言いようがない。

そもそも、このモヤモヤの発生源というのは、このままハッピーエンドになったとしても、千鳥かなめは、自分だけが傷を負わず、痛みを背負わず、この戦いで愛する人に先立たれた者たちの哀しみを贄にして、この戦いで死んだ者たちの骸の山の上に立った上でのハッピーエンドになってしまうということ。そんなの、ハッピーエンドでもなんでもないですよね。もし、犠牲者たちのことを一切顧みないような主人公とヒロインだったら、彼らの幸せにひとつも共感出来ないし、そうでないとしたら、かなめたちは一生涯負い目を負い続けることになる。
どう転んだとしても、かなめは無傷のヒロインとして一生モノの傷を負うことになってしまう。ですから、この最終巻を読むまではいったいこれをどう片付けるか不安だったわけです。
そう、重要だったのは、カナメだけが事件の中心にいながら蚊帳の外だったこと。
それを、作者はカナメもこの戦いの犠牲者として、大切な人を喪った者の一人に加えることで、彼女を血塗られた幸せを無償で与えられた者、ではなく、犠牲となりながら未来を掴もうとする者、にすることで、彼女を他者と同列に引き落としたのです。いや、これは正確ではないな。彼女は、オムニスフィアでのソフィアとの対決で、自ら幸せを拒絶し、自らを大切な人を喪った人々の葬送の列を加わる事を選んだ。宗介の死を、宗介のいない未来を、自ら選んだのです。他の人達が、たとえその行動が自分の選択だったとしても、自らの死、愛する人の死が無理矢理の強制的な出来事だったのに対して、彼女だけは自ら自主的に選択した。
この覚悟は大きかった。この覚悟があったからこそ、モヤモヤは吹き飛んだ。
結果的に、宗介は死んでおらず、かなめは宗介を喪う事を回避したのだけれど、これはあくまで結果に過ぎず、彼女の選択と覚悟には何らの劣化もない、彼女は幸せを誰かに与えられるのではなく、自ら勝ちとる資格を得たのです。
彼女は、幸せになっていい。

これは、マオとクルツにもかなり共通した話で、こちらはカナメと違って事態の中核を担う立場ではなく、自主参加とは言えあくまで一兵士だから、カナメのような覚悟までは必要とされないけれど、それでも悲恋と別れが飛び交う中で彼女たちだけが何事も無く上手く行ってたら、ちょっとなんだかなあ、という空気が流れていたかもしれません。それを、クルツが死んだことでマオは傷つき哀しみ絶望し、彼がいない世界で生きていく事になります。
たとえ、クルツが生きていたとしても、彼女が体験した哀しみや絶望はなくなるわけじゃありません。だから、彼女もまた、他の傷付いた人々とは無関係ではなく、彼らの痛みを自らの事のように理解できる立場の人間となっているわけです。
だから、素直に良かったね、と思える。

残念だったのは、カリーニン少佐が裏切り、世界の変容を望んだ心境を語りきれ無かったところか。宗介との最後の会話を聞いていると、彼の行動原理は理不尽な理由で失われた妻と子供との平穏な生活、という以外に、というかそれ以上に、宗介のことを思っていたようなんですよね。
飛行機事故の生存者として幼い宗介を救助するという縁に見舞われ、アフガンゲリラとして再会し、ミスリルで部下と上司になり、相良宗介という少年を息子のように見守ってきたカリーニン。狼の群れの中で生き残るために狼の皮を被った子羊、とは宗介のことを少佐が表現した言葉ですが、彼はずっと、息子のような彼が似合わない兵士という血塗れの生き方をしている事が痛ましくて仕方なかったのでしょう。宗介を陣代高校に高校生として送り込んだ理由の一端には、彼に年相応の当たり前の生活を送らせてやりたかった、というものがあったのはどこかで語られていたように思うのですが、その作戦の中で宗介は人間性を取り戻していきながらも、同時に図らずも彼には戦場でしか生きられない兵士の魂がこびりつき、一般人には戻れないまでに至ってしまっている事が露呈してしまうわけです。
カリーニンが裏切った理由は、此処にこそあるのではないのでしょうかね。戦場など似合わないはずの優しい少年は、愛する息子のような少年は、もうまともな生き方が出来ない、似合わない世界の中で、悶え苦しみながら生き続けていかなければならない。その事実に、彼は耐えられなかったのではないでしょうか。故に、全部まっさらに消してしまい、最初からやり直すしかないと思った。ある意味、レナードよりも世界の新生にこだわり執着していたカリーニンの理由。宗介とのやりとりから、そう想像する。
惜しむらくは、最後の場面に到るまでカリーニンの想いについて、ちゃんと描ききれ無かったところだよなあ。ほんとに最後の最後まで、彼がなんで裏切ったのかについてはわからないままでたどり着いてしまったし、彼の本当の想いもやりとりの中から想像するしかなかった。
前フリがもっとあったら、カリーニンと宗介が父と子であるともっと意識させる場面が数あったら、最後の場面はもっともっと心震えたかもしれない。

レナードは、最後まで哀しい男だった。彼は結局、絶望し続けて、そこからはいあがれなかったんだな。彼を救えたのはきっとテッサだけだったんだろうけれど、でもこの作品が始まった時点での時期では、既に手遅れだったんだろうし。せめて、もっと小さい時に、彼が本当に気力を失ってしまう前に、妹が強い娘である事を知ったとしたら、テッサが自分も知っていると、伝えていたら、何かが変わっていたんだろうか。
彼が、テッサの言葉にあれだけ動揺したのは、多分、妹が何も知らないまま、この世界で起こった彼の家族の真実を消してしまったからなんだろうし。ある意味、テッサの為でもあったんだろうなあ。

モヤモヤと言えば、陣代高校の面々と宗介が相いれぬ形で別れてしまったことも、終わりに向けてモヤモヤが残ってたところだったんですよね。前巻でオノDが悔やんでいたことからも。
まあ、そのへんは最後に再会して和解するんだろうなー、と思ってたんですが、あの映像にはやられた。
あれで、時間も隔てられ、もう宗介には戻って来る場所、帰る場所がない、と言ってた寂寥感も全部吹き飛んだもんなあ。あれは泣く。
ある意味このシーン、順調に最終巻まで刊行されてたらなかったんだよなあ。ユーチューブとか、終わるデイバイデイとか続くオン・マイ・オウンのころにはなかったんだし。

まあ、最終巻も見せ場持ってったのは、マデューカスさんだったけどな!!(笑
この人、最後まで侮れなかった、というかもうかっけえ。てっきりあのシーン、テッサの代わりに覆いかぶさるのかと一瞬思ったら、あれだもんなあ。

アルは最初の頃からするとパーソナリティが確立しすぎ。最終巻はさすがに味方側の死亡率はほとんどゼロに近くなるとは思っていたけれど、アルだけはAS搭載のAIってだけで最終回死亡フラグが立ってるようなものだったから、まず残ることはないだろうなあ、って思ってたのに(笑
余裕だ、ある意味登場人物の中で一番余裕だ。おまえ、ナイトライダーになって誰を乗せる気だよ(爆笑

後日談はぜひやって欲しい。終わったという余韻は、うっすらと消えて行くよりも最後までしゃぶりつくしたいものですもんね。
だいたい、ラブコメのお約束である、娘さんの父親とのご対面をまだやってないじゃないですか!(笑

筆者作品感想