雪逢の狼―陰陽ノ京月風譚〈2〉 (メディアワークス文庫)

【陰陽ノ京 月風譚 2.雪逢の狼】 渡瀬草一郎/洒乃渉 メディアワークス文庫

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メディアワークス文庫創刊の最大の功績は、このシリーズを再開させた事だよなあ、と続刊を読んで改めて思ったさ。
現在、作者が電撃文庫で書いているシリーズも面白くないってことは全然ないんだけれど、感覚的にこちらのシリーズの方が自然体に感じるんですよね。筆致にしても、物語の流れにしても、登場人物たちの心の移ろいや立ち位置、人との関わり合いなどについても、形式ばった堅苦しさがなく、在るが儘そこにあるように自然に紡がれている。
たとえば、ちょっとクスッと笑ってしまうようなシーンも、無駄に笑わせようという力が入ってない感じなんですよね。あの山の精たちの人外ゆえの無軌道さ、奔放さがこの昼と夜の狭間、夢と現の境界、陰と陽の混ざり合ったような時代における京の都の中では、自然にそこに在る者たちで、それが故に彼らの異質さは愛嬌として成り立ってる。
あの山の精たちのお姫様、玉響殿には吹いたなあ(笑
あれは、見たら脱力するわ。本人は何も悪くはないんだが、ここは光榮の愚痴に同意したい。いや、ほんと可愛いとは思うんだが、なんか違うだろう(笑
可愛いといえば、栗鼠の御大がやたらめったら可愛くて、あれは困った。居丈高で偉そうで人間見下しまくってるんだが、愛嬌がありすぎるせいで全然嫌味に感じないし。

どうやら、前回の鬼の件はあれで終わりではなく、裏でこそこそと動き回っている輩がいるようで、水魚という外法師の老人を中心とした連中の暗躍と、それに対向する陰陽寮という構図で以降のシリーズも続くようだ。
なるほど、その意味では慶滋保胤を主人公から外した意味の一端には、新しく主人公に配された光榮を中心に、陰陽寮に属する者たちとその周りの人々にもっとスポットを当てる、という意味合いもあったのかなあ。
敵対者である水魚も褒めているのですけれど、この時代の賀茂保憲を長とする陰陽寮は、御所の役所の一つでありながら、貴族の飼い犬には成り下がってないんですよね。清濁合わせのみ、内側から貴族の横暴を掣肘するストッパーとしての役割を果たそうと尽力している。
この賀茂保憲という人が、変人であり難物である安倍清明や息子の賀茂光榮、住吉兼良という面々に慕われているだけあって、大した人物なんだわ。あの権力者など鼻で笑って相手にもしないような面々が、曲がりなりにも宮仕えをしているのは、保憲の人柄と彼の目指す陰陽寮のあり方に共感しているからだもんなあ。
この人はほんと、理想の父親と理想の上司を体現しているような人物で、晴明なんぞ、はっきりと自分が陰陽寮に属しているのは公家や陰陽寮に忠誠を誓っているのではなく、賀茂忠行、保憲親子がいるからだ、と明言しているし、息子の光榮だって、あの野生児というか、ひねくれ者で粗野で万年反抗期みたいな青年が、父親と叔父である保胤にだけは反発せずに素直に言うことを聞く、ってんだから面白い。光榮みたいな性格の奴なんて、まず真っ先に父親に反抗しそうなものなのに。
でも、保憲の息子への対応や考え方を見せられると、光榮が慕うのもよくわかるんですよね。あそこまで自分のことを認め受け入れ信頼し信用して理解してくれ、その挙句自分の行動に対して責任を負う覚悟まで持っててくれるんだから、馬鹿みたいに反発したりするような甘えた態度はとれんよなあ。特に、光榮は他人から誤解されそうな格好や言動を取ってて、外聞は良くないわけだし。
なるほど、兼良が揶揄を込めて光榮を犬呼ばわりするのも仕方ない。確かに、犬っぽいんですよね。それも愛玩動物としての犬じゃなくて、ドーベルマンとかの類の主人や認めた相手以外には懐かないようなタイプ。

前回のヒロインだった藤乃は出てこなかったなあ。賀茂家の嫡男として、ほんとそろそろ嫁さん貰わにゃあ。ウィキでこの人の系譜見ると、嫡男の生年が986年なんですよね。本作の作中年が恐らく966年であることを考えると……まだ二十年近くあるのかw
保憲さんとしては頭痛いところだろうなあ。弟の保胤も奥手だか甲斐性なしだか、時継と殆ど進展ないわけだし。
でも、意外だったのは賀茂家の中で時継との仲って、黙認じゃなくてむしろ積極的にくっついちゃえよ! な空気だったところ。保憲さんなんて、時継の従者の貴年を吉平に誘わせて、時継と保胤が二人きりになれるように、なんて計らったりまでしてるし。まあ、その程度でどうにかなっちゃうとも思ってないんですが、弟の性格よく知っちゃってるしなあ(苦笑
でも、時継の家の事情から、もうちょっと慎重な立場だと思ってたんですけどね。こりゃあ、保胤、完全に堀を埋められちゃってるじゃないですか。
しかもねえ、なんか時継、電撃文庫の頃からするととみに女っぽくなった気がするんですよね。電撃の頃はまだ少女然としていたんだけれど、闊達で行動力に有り余ってる性格や言動は変わっていないのだけれど、保胤と接するときの物腰や彼のことを想い語るときの仕草など、やたらと艷めいてるんですよね。女の色香が感じられるようになってる。恋する少女を通り越して、愛する人の傍に侍りて安らぐ女の落ち着き、とでも言うべきか。
こりゃあ、いくら保胤が甲斐性なしと言っても、時継の醸しだす空気のまろやかさを思うと、これは時間の問題だぜ。

保胤が陥落寸前なのに対して、もはや完全に堕ちちゃってるのが、貴年さん。もう晴明の息子さんにメロメロです(笑
仮にもこいつら、吉平も貴年も12歳の子供に過ぎないというのに、なにこのイチャつきっぷりw こちらの貴年の方は完全に恋する少女。この歳で、「溺れてしまいそうだ」とか「まさか私以外の女にもあんな態度で接しているのか?」とか気を揉んだり、吉平の早熟さは言うまでもないけど、貴年も吉平に引きずられて、女として目覚めちゃってるよなあ、これ。
でも、この時代では12歳で懇ろの間柄になってしまうというのは、早くはあっても早過ぎる、ということはないのか。いやでも、片方が幼くて、というケースはあっても双方ともに齢十幾つで、というのはさすがに平安時代でも…ねえ。

仲の良さ、というと何気に晴明さんところの夫婦仲も良いんですよね。摂津から一ヶ月ぶりに帰ってきて、嫁さんの梨花さんの顔をみたい、と臆面も無く言うあたり、普段から夫婦でけっこうベタベタしてるのかもしれない。それを見て育ったから、吉平もあんなんなっちゃったのか?

男女の仲、というと今回の雪狼、白山もその雄々しく気高い狼としての振る舞いに見えたそれも、突き詰めれば好いた男に尽くし立てようとする女の情に由来するんですよね。
忠節や友情ではなく、愛情と考えると理不尽と理解しながらも陰陽寮の道士たちに挑む心の在り様も分かるんですよね。
分かるだけに、勝手に白山の情を、戌彦の想いを自分の好きなように面白いようにねじ曲げて解釈して、それを押し付ける水魚のやり口は、虫酸が走る。
理念や信念があるわけではなく、自由なだけに煩わしい敵だなあ、こいつらは。

そういえば、新キャラで渡辺綱が出てましたね。この時期だとまだ綱も吉平と同じくらいの歳なのか。抑揚のない無感情無表情なくせに人を食ったようなキャラで、また個性的な奴で、面白いw あの晴明がけっこうタジタジになってたもんなあ。
他のキャラと絡めても面白そうなので、摂津からこっちに出てこないもんでしょうかねえw

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