僕たちは監視されている (このライトノベルがすごい!文庫) (このライトノベルがすごい!文庫 さ 1-1)

【僕たちは監視されている】 里田和登/国道12号 このライトノベルがすごい!文庫

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「IPI症候群<クローラ>」と呼ばれる原因不明の病気が蔓延する社会。この病は禁断症状に陥ると自傷他害の恐れがある深刻なものだった。患者数増加が社会問題になる中で、政府は現状最も効果的な治療法「IPI配信者<コンテンツ>」の採用に踏み切る――<コンテンツ>のひとり小日向祭は、自活しながら日々騒がしい高校生活を送っていた。そこに、同じく<コンテンツ>であるテラノ・ユイガが転校してきて……。
あの何十年も前のアーパー宇宙人みたいなけったいな耳当ては何なんだ? もしかして、自称宇宙人の変な人がたくさん出てくるちょっとアレなお話なのか? と思ったら、あの耳当ては「IPI配信者<コンテンツ>」が自分のプライベート、私生活をウェブで生放送配信するための特製のマシンなのだという。作中でも触れているが、あのデザインはちょっと飛ばしすぎだろう(苦笑
世間に周知されているとはいえ、人前であれを付けるにはそれなりの勇気が必要だろうに。もっとも、自分のプライベートを切り売りする事を選んだ人たちが、見た目程度で怯むこともないのかもしれないが。
いくら人気度によっては、報酬が目玉が飛び出るほど高くなるからと言って、自分の私生活を衆目に晒すのは怖いだろうに。しかも、自分の私生活を晒すということは、自分の生活範囲にいる人達も放送に巻き込むことになるのだから、テラノ・ユイガのようなケースは決して珍しくないはずだ。人気三桁台に乗れば、IPI配信者としての報酬だけで生活出来る、10位以内に入ればその額は莫大なものになるというから、別段仕事に就く必要もないんだろうけど、まずIPI配信者を採用してくれる企業はないだろうなあ。仕事内容から外に情報駄々漏れになりかねないし。

自らの秘密を切り売りするコンテンツでありながら、その実、誰にも語れない秘密を抱えた祭とユイガ。片や、一人で生きるための糧を得るため、一人はこの世界で生きることを許してもらうため。しかし、語れない秘密を抱えるということは、他人との間に壁を作り、孤独へと陥るということ。特にユイガは、自分が人に害を与えない無害な存在だと示すために、逆に回りを遠ざけ他者から隔意を抱かれる。彼女を排斥から守るために抱える秘密、その秘密を守るために排斥を受けるという矛盾を抱え、苦しんでいる。
社会的弱者を守るためのシステムが、さらに彼らを孤立させていくことが、此処では描かれているようだ。
IPI症候群の罹患者については結局突き詰められなかったようだけれど、一般人から見た彼らはやはり異端者であり、社会からドロップアウトした問題ある人間たちだと認識されていると覚しき描写は各所で見受けられる。IPI症候群というのは言わば精神疾患の一種なんだろうけど、特に日本社会ではこれらの症状について認識と理解、社会的な対応力に乏しいのはよく言われている話ではあるけれど、ならば具体的にどういう対策を取り、世間の一般人と折り合いをつけていくのかについて突き詰めていく話を作るのはなかなか難しい。果たしてこの作品では「IPI配信者<コンテンツ>」という治療法で症状の緩和を目指す対策をとっているのだけれど、その「IPI配信者<コンテンツ>」が世間で受け止められる存在と成りきれていないのは、ユイガが巻き起こした問題によって露呈してしまっている。
彼女個人の社会的弱者としての立場に置かれた故の苦しみは、祭が自らを彼女と対等の立場に立つことで壁を取り払い、彼女の心の内側に滑り込んだことで解消されたわけだけど、解決されたのは彼女の心の絶望であって、それを生み出した彼女の社会的な立場としての問題は何も解決していないんですよね。
うーん、なるほどなあ。IPI症候群というテーマが途中から蔑ろにされてしまったのは、結経のところそれは主題として扱いきれる話じゃなかったんだろう。残念ながら、主人公の祭からしてIPI症候群罹患者に対して抱いている気持ちというのは、単純な善意と社会正義に基づくものであって、個人的な思い入れのあるエピソードがあったわけじゃなかったのだし。
一方、ユイガに対してはより深く、彼女個人と接し、会話を交わし、心を通じ合わせることで、彼女に傾倒し、心を傾け、身を粉にするだけの思い入れを得るだけの要素があったわけで。社会的な問題から、個人の問題の対処と解決に話がスライドしたのも、まあ仕方ない話なのだろう。
正直、こういうところで描く話の主題としては、難易度が高すぎる。その意味では、実に上手く、巧妙にスライドさせたと言ってもいいかもしれない。祭とユイガが踊るための舞台装置として、この世界観は完璧に機能し切ったし、IPI症候群も彼女らの行動の理由と理屈と原因と原動力となったわけだし。
最初期の、警官さんとのIPI症候群とIPI配信者についてのQ&Aが、世界観の説明の描き方としてはあからさま、というかいささか素人っぽすぎて、大丈夫かと危惧したものだけれど、一葉と祭の掛け合いはテンポよく、軽妙で面白く、彼らの会話を楽しんでいるうちにどんどん面白くなってきて、クライマックスは存分に盛り上がったんじゃないだろうか。
すべてを曝け出し、しかし多くの秘密を抱え、それでもなお繋がろうとする人と人との関係。寄り添おうとする心と心の物語。うん、懸命で素敵なお話でした。