月光 (電撃文庫 ま 12-1)

【月光】 間宮夏生/白味噌 電撃文庫

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これは傑作だ!!

ぐあああああ! ヤバいヤバい、これマジやばい!!
完全にダークホースだった。全然注目していなかっただけに、全く以て不意打ちだった。なにこれすごい、ほんとに面白かった。傑作。マジ傑作。ちょっと興奮してます。おもいっきり心の胸ぐら掴まれて揺さぶられたって感じ。酔っ払ったかも。
なんですかこれ、第16回電撃小説大賞《最終選考作》? また最終選考作かっ! 正直、これが受賞しなかったのが信じられない。他の受賞作から七ヶ月近くも刊行期間が遅れているのを考えると、それだけ別物になるくらいに改稿したということなんだろうか。そうでないと、ちょっとこれが受賞しなかったのが信じられないんだけれど。って、同じフレーズ繰り返してしまった。
いやだって、これほんとすごいよ?

退屈な日常から抜け出したいヒネクレ男子・野々宮。
 ある日、彼は美人で成績優秀、さらにゴシップが絶えないクラスのアイドル・月森葉子のノートを拾う。そのノートからはみ出す紙切れにアイドルとは程遠い言葉──『殺しのレシピ』という見出しを見つけ……その日を境に月森との仲が一気に狭まっていく。
 シニカリストとキュートな悪女、そんな二人の不思議で奇妙な関係とは……!?

読み終えてからこのあらすじを見直すと、言っちゃあ悪いがこの作品の表層の上の幕に張られた薄皮程度にしかこの作品を表現していない。内容として間違っちゃいないのだが、ハッキリ言ってこのあらすじから想像する内容と、密度がまったく違っている。気の抜けたコーラのつもりで飲んだら、スコッチウイスキーだった、というくらい違っている。
あまりにも魅力的な主人公とヒロインによる、濃厚で濃密な心理戦。その駆け引きは、探偵と犯人のせめぎ合いのようでもあり、男女の睦みあいのようでもあり、人生の粋を賭けたワルツのようでもあり、無邪気にはしゃぎ戯れ合う恋人同士のようですらもある。
ひとつだけ言えるのは、二人共がその駆け引きを心底楽しみ、そこから生じ波紋のように広がっていく想いの密度に、興奮を隠しきれずに胸を高鳴らせているということだ。
葉子に生じたある疑惑を、好奇心から追い求めはじめる野々村。だけれど、彼の関心は彼女の秘密を暴くことではなく、秘密を持っているかもしれない彼女との腹のさぐり合いを楽しむことなんですよね。この点が、ミステリーものと全然方向性を違えてくる。
いや、単純に謎解きものとしても、最後の最後に明かされる真実には、唖然とさせられるんですよね。言われてみれば、確かにまるであからさまだったというのに、まさに言われるまで気付かなかった、この手のひらの上で転がされていたという驚愕と、その事実に何故か恍惚とした喜びを感じてしまう不思議さ。
なによりこの作品の魅力は、ひとえにヒロインである月森葉子に掛かっている。彼女こそ、本物の「魔性の女」だ。ここまで蠱惑的で完璧で魅力的で可憐で、可愛らしくも美しく、純真で計算高く、一途で気まぐれな、素敵な悪女を私は知らない。ほんとうにもう、心底メロメロにされてしまった。彼女には嘘も真実も意味が無い。彼女に基づくものなら、それが嘘だろうと真実だろうと等しく魅力的だからだ。彼女はすべてを魅了する。彼女は彼女の思うがままに、すべてを掌の上で転がしていく。
主人公の野々宮もまた、彼女に魅了され、虜にされる一人だ。しかし、彼だけは唯一、彼女に絡め取られていきながらも、彼女に対して対等であり続ける。真の意味で彼女と相対し、彼女に傅かない。彼だけが唯一、葉子という存在を自らの好奇心を満足させるための糧として喰らうのだ。それが、彼女にとって心震えるほどの歓喜をもたらしていく。
この二人が織り成す、お互いを刺激し、満たし、補いあうための、緊迫感と恍惚感にあふれた戯れるような駆け引きは、読み手をも恍惚とした陶酔に引きずり込んでいく。
そして紛れもない、これは極めて純粋な、濃厚と言っていいほど粘度の高くしかし爽やかな、生粋のラブストーリーなのだ。
これほど純真でありながら、無垢とは程遠いラブストーリーが存在できるものなのだろうか、と疑問を抱きたくなるが、現実にそれは此処にあることを認めなければならないだろう。そしてそれは、こんなにも面白く刺激的で興奮させられるものだった、ということだ。

うん、こんな情緒的なだけじゃなくて、もっとロジカルにこの作品の魅力について語りまくりたかったのだが、今のこのテンション上がってる状態だと冷静に考えられないや。
魅力的なキャラクターについては、主人公とヒロインの二人は別格としても、さらに刑事の虎南のとんでもなさも脇に置くとしても、クラスメイトの宇佐美千鶴やバイト先の先輩である鮫島未来など、シンプルで明快であるからこそ奥深く感じられる魅力的なキャラクターが存在しており、多彩なんですよね。単にひねくれた複雑怪奇な人物像だからこそ心理描写、人間関係の距離感の描写が長けているように見える、というのではない事がよくわかる。
帯には、「心惑わすルナティック・ラブストーリー」というキャッチフレーズが掲げられているけれど、これを考えた人はお見事です。感服します。ルナティックか、ルナティックだよなあ。野々宮も葉子も、読み終えてみるとある種の狂気に駆られているとしか思えない。冷静にして客観的、論理的に執行される、好奇心と欲望と感情に基づいた狂気ほど、本人たちにとって楽しいものはないんだろうなあ。狂気とは後悔するものじゃなくて、楽しむべきものなのかもしれない。それが恋ならなおさらだ。