彼女は戦争妖精6 (ファミ通文庫)

【彼女は戦争妖精 6】 嬉野秋彦/フルーツパンチ ファミ通文庫

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さつきまでもが"鞘の主【ロード】"となり、ますます不安の種が増えてしまった伊織。そんな彼に、敵対関係にあると思われていた由良健二とマラハイドが接近してくる。イソウドの強引な介入により、他の"吟遊詩人"たちもそれぞれ"妖精の書"を巡り行動を始めたのだ。北への旅路を往く"男爵"、頼通とルテティアの前に姿を現すラ・ベル……。対照的に、不本意な戦いを続けることへの疑問が膨らむ伊織だが、突然のあの男の声に感情を抑えきれず──混迷の第6 巻。


伊織という主人公は御覧の通り冷静沈着で、精神的な動揺を表に出さないタイプで、クリスという異分子を懐に抱えてしまい、"鞘の主【ロード】"としての戦いに身を置くことになっても、これまでの学生としての生活を乱すこと無く、淡々と日常を送っていたんですよね。学校の成績など、落ちるどころか上がっているほど。
だからなのだろう。彼がゴールの見えない戦いに、実際は精神的に追い詰められているということにまったく気付かなかった。
彼が叔父である頼通に漏らした弱音は、辛いや苦しいを遥かに通り越した、生きることに疲れ果てたような凄まじいまでの暗黒で、背筋が寒くなるほどだった。何も堪えていないようにみえていたけれど、彼も本来なら一介の高校生なのだ。本当に、危うい線一本でギリギリ保っているような状態だったんだなあ。もし、そのギリギリ保っている一本の線が切れたとき、この少年はこれまでと全くかわらぬ冷静沈着な態度のまま、直滑降で自ら破滅に身を投げ出しかねないガラスのような危うさを垣間見てしまった。
頼通は、良いタイミングで帰ってきたのかもしれない。もしくは、ギリギリのタイミングで。
薬子先生に全幅の信頼を寄せられない中で、終わらせ方のわからない、延々と続くウォーライクとロードとの戦い。あともうちょっと頼通が帰ってくるタイミングが遅かったら、伊織の精神はもしかしたら保っていなかったのかもしれないなあ、とあの告白を聞いて思ってしまった。

んー、しかしなるほどなあ。伊織が実際はそんな精神状態だったとすると、彼にとって常葉先輩という人の存在は、思っていた以上に大きかったのかもしれない。頼通が帰ってくるまで、この人だけが本当の意味で拠り所となれた人だったわけだし。
この巻における彼女への伊織の微妙な反応を見ていると、もしかして彼の中の感情というのはコチラが思っているよりも遥かに明快に、カタチになっていたのかもしれない。さつきへのあの無関心というか辛辣な態度も、さつきという異性に対する関心の無さ、拒絶感以上に、彼女を相手にすべきではないとする理由が、伊織の中にもうあったからなのかもしれない。
間違いない。伊織という男は、主人公でありながら読者にすらその心底を伺いしらせない、本心が見えにくい男だが、間違いない。常葉先輩は彼にとって特別だ。
そして、それはどうやら、常葉先輩の方も決定的になってしまっていたらしい。彼女と伊織との出会いは、ちょうど彼女が悲惨で残酷な失恋をしてしまった最中でのこと。恋愛に対して一定の距離を置くことを誓った彼女は、その後のいくつもの戦いやその合間の平穏な時間を、伊織と共に過ごし、その中で信頼と親愛を築いていったのだけれど、彼への特別な感情については否定し続け、首を横に振り続けていた。
でも、その否定はいつしか、無いものを無いと言うものではなく、有りだしてしまったものを無いと言い張るものに変わっていったように思う。そして、いつしか彼女の中では周りに対してはともかく、自分に対しては否定を続ける意志も意味も見失ってしまっていたようだ。
彼女が、さつきにこぼした羨望の言葉からは、そんな彼女の心情が伺える。そして、戦いのさなかでの命の瀬戸際の危地における、彼女が叫んだ悲鳴のような、伊織の名前。
もう、決定的だ。
常葉にとって、伊織は特別な存在になっている。

だが、その事実が今は恐ろしい。その事実の先に、常葉先輩の運命が透けて見えてしまったようで、恐ろしくて仕方ない。彼らにとって、本当に残酷な時間はすでに始まってしまっているのではないだろうか。
自らの同胞すら贄にして、執拗に伊織たちの抹殺を狙うイソウド。彼女の狂気は先鋭すぎるほど鋭く、しかし狡猾でずる賢い。なによりその無邪気なまでの自己中心さと執着心は、暴虐そのものだ。とてもじゃないが、ただで済むとは思えない。
そしてなにより、クリスが楽しそうに、今のままでずっと居たいと語るほど、今の生活が何時までも続かない事が現実としてのしかかって来る。楽園へと辿り着く事を目的として戦う事を決定づけられたウォーライクの中で、すでに楽園を望むことを忘れて今を続けようとするウォーライクたち。でも、クリスにしてもルテティアにしても、どれだけ時間が経とうとも一切姿形が成長しないまま、という時点で普通に生活していくことは不可能なのである。クリスを守り続ける限り、いずれ伊織は今の生活から踏み外さなければならなくなる。
何らかの形で、今後に対して答えを出さないといけない時期に来ているのかもしれないなあ。

それでも、今のところは断固として日々の生活を崩さず、楽園に背を向ける伊織の姿勢は、あの健二とマハライドにも指針となるものを芽生えさせたようだ。マーちゃんを守るためとはいえ、流されるようにラ・ベルの麾下に入り、彼女の言うなりにやってきた健二にとって、伊織の姿は一つの可能性に見えたのかもしれない。彼が、今回率先して自分の意志で伊織に力を貸してくれたのは、彼の可能性が自分たちの可能性にも繋がることを確信したかったのかもしれない。
この感触だと、今後も彼らは少なくとも伊織たちとは敵対はしないでいてくれそうだ。この二人は、作中でも好きなコンビなので、出来れば無事でいて欲しいのだけど。

そろそろ、クライマックスも近いのか。誰にとっても、相応に幸せな結末があって欲しいところだけれど……。

筆者作品感想