小さな魔女と空飛ぶ狐 (電撃文庫)

【小さな魔女と空飛ぶ狐】 南井大介/大槍葦人 電撃文庫

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“ワガママ魔女”と“ヤサグレ狐”が織り成す、現代の御伽話(ウイッチ・テイル)!

 レヴェトリア空軍のエースパイロット・クラウゼは、ある日突然、“内戦解決の切り札”とされる重要人物の補佐を命じられる。待っていたのは、わずか16歳の少女で……。ワガママ放題の“小さな魔女”アンナリーサが巻き起こす様々なトラブルを前に、クラウゼは無事に彼女の騎士(ナイト)を務め上げることができるのか? そして本当に戦争は終結するのか? 期待の新作ファンタジー!


ちょっ、なんだよこれ。アンナリーサとアジャンクールの二人だけで、何十年分の技術的ブレイクスルーをやっちゃってるんだ!?
近現代の兵器システムのほとんどをこの二人だけで構築しちゃっている上に、未だ確立していない次世代技術まで、数カ月単位で実現してるって、天才過ぎるにも程がありすぎて、笑ってしまった。というより笑うしか無い。
二人の創造したシステムを、実現させてしまう技術者たちもおかしいんですけどね。というか、技術者陣の方がおかしいと言った方がいいかもしれない。
そうかー、核反応兵器抜きで前線で使用される兵器群を発展させていくと、こんなカタチになってしまうのか。戦略的破壊力を持つ兵器が開発されていないと、ICBMなどコスト的に無駄以外の何ものでもない、というのは言われてみるとそういう考え方も出来るのか。ただ、トマホークなどに代表される巡航ミサイルは有用である以上開発されないわけはないんだろうけど……そうか、これはかなり巨大な運用システムがハード的にもソフト的にも、もっというと軍組織の大規模な改変から必要となるから、これほどの急激なブレイクスルーの中では保守的な軍組織の中からはむしろ忌避される兵器なのかもしれないなあ。完全に新しい分野になってしまうし。
しかし、アジャンクール博士の狂気の産物は、てっきり普通に核反応兵器だと初見では見えただけに、その正体が明らかになったときはひっくり返ったよ。そりゃ、確かに戦術核に匹敵する威力は出るだろうけどさ、それ現代でもまだ実用化とは程遠いところにある爆薬じゃないかよ!!
いや、そもそも、レールガンをガンシップで運用出来るようにしてしまう時点であれなんだが。艦船通り越してガンシップって。まだ発動機が原子力エンジンだったらわからなくはないけど、核分裂反応の概念が未だに証明されていない状態において、ガンシップに搭載できるサイズのレールガンを発射できる発電装置を開発するって、どんなだよ!
もう、技術的側面についてはおもいっきり遊びまくってて、もう笑った笑った。そこまでやるか、と。この辺の実に恣意的なはっちゃけっぷりは、楽しくて仕方なかった。戦争とは、その一面においては確かに楽しくて仕方ないものなのだ。倫理的には言語道断の話だけれど、それでも一面の事実だ。

然して、この物語の骨格へと連結される話である。
つまるところ、そこまで規格外の、それこそ科学技術については時代を百年すすめるような、埒外の天才だからこそ、戦争の姿をたった二人で変貌させてしまうような二人だからこそ、モラルなどあったもんじゃなしに、戦場を遊び場として、自分たちの生み出す技術の実験場として宴を催す二人だからこそ、それこそ原子力爆弾の開発に携わった科学者たちに匹敵するような、或いはそれを遥かに上回るような、人の殺し方で世界を変えてしまう、そんな業や責任、狂気や悪夢が、アンナリーサとアジャンクール、このたった二人に、二人だけにのしかかって来るわけです。

人が人並みに持ち得る倫理観、それを明らかに逸脱した領域を描いた物語。なるほど、【ピクシーワークス】を書いた人が書くにふさわしい物語だ。
【ピクシーワークス】で登場した女子高生たちも、相当に倫理の欠片もないマッドサイエンティストだったけれど、コチラでは二人の科学者の業によって、実際に毎日数えきれない人間たちが死んでいくという、生々しいまでの現実の戦争下にあるので、二人の科学者の下には血生臭い風が諸共に吹き寄せてくることになる。
自分たちが創りだした兵器によって、その兵器によって激化する戦争によって、その戦争によって生み出された因果によって、人間がとても人間の死に様とは言えない、悲惨なむごたらしい、ぐちゃぐちゃの、マトモな人間のカタチも残らない、尊厳も何もあったもんじゃない、そんな筆舌に尽くし難い有り様の死が、血が、肉塊が、臓物が、二人の頭上から降り注いでくることになる。
実際に人が死んでいく現実に直面し、血塗れになりながら、腐臭に塗れながら、精神を病み、心折れながら、それでも二人の科学者は自らの全存在を、自らの智に擲っていくのです。

理屈じゃないんですよね。科学者たちも軍人たちも理屈の塊みたいな存在なのに、彼らを突き動かすものは理屈じゃないのですよ。それは鎖を引きちぎるような知的な欲求であり、無意味と分かっていても緩めることの出来ない憎悪であり、一部の所業に対してそれが属する集団すべてに抱いてしまう憤怒であり……。
人はどうしようもなく感情の生き物であり、人はそれに引きずられるようにして社会を動かしている。理屈と感情は表裏のもの。時に感情に理屈を無理やり照らし合わせ、時に感情を理屈のために無理やり押し殺す。機械のように冷徹な意思だって、その大元を辿っていけば無数の人間たちが巻き起こす感情の渦が原点となっているのかもしれない。
社会のありようというのは、必要以上にシンプルで、異様なまでに複雑なものなのかもしれないなあ。そして、人はそれぞれの役割を持って、責任を果たさなければならないのだろう。それが、どういうカタチにしても、当人が納得出来るやり方で。
つまるところ、これはそれぞれがそんな境地に到るまでの話、とでも言ってしまうと身も蓋もないのか。
問題は、女性に対しての責任のとり方に関しては、クラウゼはアジャンクールと比べて完全に失敗しているところだな。曰く、果たして彼の立場の場合、はっきりと責任を取るのか、なあなあで済ますのか、どちらが正しいかが解明されていないところだ。まあ、これに関しては、それこそ理屈じゃないから、どうしようもないのだけれどw
そもそも、最初から最後まで彼は自分が責任を果たさなければならない立ち位置に立たされていることに気付かなかった、という点から本当にどうしようもないのだけれど(笑

ところでこの作品、作者の前作である【ピクシーワークス】と同じ世界観と考えてもいいんですよね? 冒頭付近で出てくる極東の黒い魔女と呼ばれ、アンナリーサが尊敬するという天城蓉子博士。彼女の苗字を冠した天城重工という企業が、前作で重要な役割を果たしている以上は、何らかの形で関わりがある、と考えたほうが易いわけだし。
時代的にはさすがにこっちの方が前っぽいけど。

個人的にはアンナリーサも良かったけど、それよりも何よりもリード姉様だよなあ、という点はわれながら病んでいる気もするが、あの怖いどころじゃないドSっぷりは最高でしょう? クラウゼ、完全に下僕じゃないですか(笑
まあ、お陰でリード姉様、調教には成功しても異性としてはおもいっきりしくじってる気がしないでもないけど。旦那様候補に絶対服従を躾てしまうというのは、問題以前の問題じゃないですか?(笑
それって、もはや自分から結婚しろ、と「命令」しない限りどうにもならない関係になってしまってるような……w
アンナリーサはアンナリーサで、相当に「アレ」だしなあ。もう一人のモテてる相手であるエマさんは、むしろ本気で殺しにきてるしなあ……。
あー……先程、クラウゼくんは女性相手にちゃんとしてなくて困った奴だなあ、という節の事を書いてしまったが、よくよく相手の女性陣の有り様を考えてみると、彼には何の問題もないような気がしてきたぞ? 鈍感云々じゃなく、歴戦にして名うての戦闘巧者としての、本能から来る消極的回避行動なのか?w