ゴールデンタイム〈1〉春にしてブラックアウト (電撃文庫)

【ゴールデンタイム 1.春にしてブラックアウト】 竹宮ゆゆこ/駒都えーじ 電撃文庫

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  bk1

 晴れて大学に合格し上京してきた多田万里。大学デビュー、東京デビュー、一人暮らしデビュー、と初めてのことづくしで浮足立つ彼は、入学式当日、不意打ちにあう。
 圧倒的なお嬢様オーラ! 完璧な人生のシナリオ! 得意なのは一人相撲!
 下手人の名は加賀香子。薔薇の花束を万里に叩きつけた彼女は、万里の友達でもある幼馴染みの柳澤を追いかけて、同じ大学に入学してきたという。しかし、柳澤からは避けられ、周囲からも浮きまくる。そんな眩しくも危うい香子を放っておけない万里の青春の行方は?
ちちょっ、ちょっ、これは駄目だ、ダメだろう? このヒロイン、香子さん、どう考えても掛け値なしの地雷女じゃないか!(爆笑
これは幾ら何でもどうしようもなさすぎる。しかし面白い、これはなるほど料理のし甲斐がある逸材じゃないか。面白いのがこの地雷女の地雷としての性質が笑っちゃうほど指向性なところなんですよね。指向性地雷。いや、選択地雷とでもいうべきか。特定の種類の人間が踏まないと爆発しません、エコロジーかつ安全性の高い地雷です、ってか? 可哀想というべきか自業自得というべきかわからないのだけれど、その肝心の爆発してしまう相手が、彼女にとっての運命の相手であり最愛の人、であったというところか。
愛そうとすればするほど、自爆して相手を傷つける、自分も傷つく、挽回しようとしてさらに爆発する、みんな傷つく。なにこの自律性地雷原。そりゃあ、ヤナッちからしたらたまらんよ、地雷原から抜けだそうとしても地雷原が一緒についてくるんだもん。
しかし、あくまで地雷女として、危ないヤンデレ彼女としての属性が発動してしまうのは、ヤナッちに対してだけ。香子があくまでヤナッちと関わりないところの素の香子である時の状態というのは、ごくごくマトモで自分が何をしでかしてしまっているかもちゃんと理解している普通の理性的で自分のどうしようもなさに落ち込む女性に過ぎないんですよね。
どこかを、誰かを、一心不乱に見つめ続ける相手を傍で見守るという行為は、どうしてこうも、必要以上に相手の距離に踏み込み、もっと相手のことを見たい知りたいと思ってしまうものなんだろう。

最初のあらすじ読んだときは、なんだか【とらドラ】の二番煎じみたいで、大丈夫かと思ったものでしたけど、いやはや不安に思う必要は全然なかった。まったく、あれとは別物だよ、これは。ストーリー展開云々もそうだけれど、それ以上に恋愛の空気の質が全く違う。スクールライフとキャンパスライフでは、こうも色や空気が違うか、という位に違う。
高校での恋愛というのは、限りなく「今」が大きいんですよね。今、この瞬間、という刹那にして永遠とも言える輝きをきらめかそうとしている。ものすごく端的に言うと、青春そのもの、というと言葉的に便利すぎるか。もっと違う言い方をすると、好き、という感情が何よりも重く、かけがえがなく、大切で、比類なきものだったんですよね。すべてがそれを起点にし、中心とし、燃料となり、暴発させ、あらゆるものがそれを支柱にしてグルグルと回っていく。
それに対して、ここで描かれている恋愛というのは、ちょっと質感が違ってきている。ある意味、香子が引きずっていた恋愛は、まさに上で書いた恋愛の残り香というか、そのまま昇華できずに拗らせてしまったものというか。残党というか、落ち武者というか。まあ、そんなものだったわけだ。
うーん、そうか、考えてみるとこの時期の恋愛こそ、もっともあやふやでとりとめなく、限りなく実体に近いものなのかもしれないなあ。夢と現実の狭間、過程。ピカピカと輝く光だった恋愛が、やがてしっかりと人生に根付く愛として実のある繋がりになるまでの、両端を行き来するような、曖昧な時代。だから、その恋愛は中高生のそれよりも時に眩く儚く虚ろに、大人の恋愛よりも生々しく切実にあっけなくしぶとく、めまぐるしくその有り様を変えていく。

好きであることは、もう大前提なんですよね。それはもう、前フリでしか無い。少年少女のそれにとって、クライマックスである好きであること、はここではもう、発端なのだ。
ここから始まるであろう感情と人間関係のしっちゃかめっちゃかっぷりはもう【とらドラ】のあれらがお優しい、と思うような迫撃になっていくのではないだろうか。ここではもう、気持ちが通じあった、なんて事はスペードのエースにはならない。有効なカードかもしれないけれど、切り札足りえないのだ。多分、肉体関係ですら繋がりの一つにしかならないんじゃないだろうか。
ぶっちゃけ、今回の作品、セックス抜きじゃあ片手落ちになっちゃうと思うんだけどなあ、どうするんだろう、どうなるんだろう。
正直、クライマックスで明かされた事実には度肝を抜かれたんですよね。ちゃぶ台返しですよ。恋愛ものとしてそこまで描かれていたから予想された全体図と、実際に描かれていたもののスケールというかカタチというか、とにかくまるでモノが違っていたというのもあるし、この作品が前作の【とらドラ】みたいに主人公とメインヒロインがある程度固まっているもの、とは実は限らないんじゃないか、という可能性が出てきた点からも、そしてラストに提示された人間関係の渦の見事さも相まって、かなり衝撃的だったわけです。竹宮さんの文章って自分的に色々苦手な部分も多いんだけど、こういうの見せつけられると、やっぱりあなどれんわー、すごいわー、竹宮ゆゆこ、と思わされる。
んでもって、ここまで本気で魔女の大鎌をかき混ぜひっくり返すつもりなら、そりゃもう徹底してやって欲しいと思うじゃないですか。青臭いことすら抜きにして。

なんにせよ、二巻だな。本番は恐らくそこからだ。自分、ちょっとこの人の書くコメディのテンションの高さにはついていけないところが、【とらドラ】にひき続いてコチラでも前半あたりとかあったので、もう出来ればずっと真面目モードでやって欲しいなあ、というのは無理な願いか。