さくら荘のペットな彼女 (電撃文庫)

【さくら荘のペットな彼女】 鴨志田一/溝口ケージ 電撃文庫

Amazon
 bk1

うん、なるほど、評判になるだけあって面白い。天才の異性に対する凡人の劣等感が、恋愛感情と撹拌された結果巻き起こる悲喜劇としては、心理の推移が方程式のようなテンプレートみたいなのがちと気になった所ではあるんだけれど、ここは凝ってしまうと途端に敷居が高くなってしまう部分だからなあ。物語の始まり、関係の導入として、不特定多数を取り込むにはパターンから始めるのはむしろいいのかもしれない。これで、話の見せ方やキャラクター描写まで平凡だったら退屈極まる作品になってしまったのだろうけれど、えっちぃネタを頻繁に織り込むことで掴みはオッケー。そこを足場にして、テンポの良いコメディとして上手く情想してあるので、実に楽しいラブコメになっている。
正直言って、空太はまだまだ掘り下げが足りないと思うんですけどね。ましろとの関係において、彼には色々な方向に向けての動くための動機が弱い。説得力に到るまでの切実さが無いんですよね。ただ、だからこそ彼のましろへの接し方が、中途半端に付きず離れずの位置に留まり、わりとあっさりと距離を置こうとした決断を覆したのかもしれませんが。
結局のところ、まだ彼は本当の意味での醜く泥沼のような深い感情を、ましろに抱いていないのかもしれません。まだまだ、漠然としてるんですよね。
でも、それが悪いことかというと、恋愛においてはどうなんだろう。傷付いた末に強く結びつくことだけが、恋愛のステータスとも私は思わないので、ここから下手を打たず空太は、綺麗な形でましろとの仲を成就させるのもいいと思うんですよね。
傷付いた末のハッピーエンドは、ちゃんと担当者となりそうな人たちがいるわけだし。
興味深いといえば、仁こそが興味深い。彼の目指そうとしている道は、彼自身分かっているのか分かっているのか、絶対にゴールの無い道なんですよね。彼が望む形で、つまるところ才能で美咲に並び立った末に劣等感を払拭する、というのは恐らく絶対に無理でしょう。比較基準が仁の主観にある以上、果たして自分がどれだけ努力し結果を残しても、自分が美咲と並び立ったと自信を持てるのか。
それって、その境地って、ある意味自分に満足してしまった状態なんじゃないだろうか。それって、クリエーターとして一つの終焉を迎えてるって事なんじゃないだろうか。まだ、まだまだ、まだ足りない、もっと上、もっと上に行こう、行きたい、行きたい、行きたい、そう飢え続けるのが創造者なんじゃないだろうか。
本来、脇目もふらず自分の道を突き進まなければならない人間が、他者の才能に劣等感を抱いてしまったのなら、他者と自分を比べてしまったのなら、相手がどうしようもなく失墜して勝手に落ちてしまうケースを除いて、果たして自信をもって自分は相手と並び立った、上回ったと思えるものなんだろうか。
もちろん、客観的に冷静に、相手と自分を比べて感情に寄らない答えを出せることもあるのかもしれないけど、自分の方が上になった、と言える事があるのかもしれないけど。
なんにせよ結局、仁が納得出来るか出来ないか、それだけなんですよね。

たとえ、仁が脚本家として大成できなくったって、彼が納得すればそれで済むわけだ。

彼の不幸は、美咲の才能への憎悪と、美咲という女性への愛情が不可分となってしまっているところなんだよなあ。彼女の才能を憎んでいるのに、彼女そのものへの憎しみになってしまっている。同時に、美咲という女性を愛しているのに、同時に彼女の才能を愛してしまっている。
つまり、仁が愛しているのは、天才である美咲であり、仁が嫉妬し憎んでいるのは、天才である美咲である。彼は天才性と美咲を分けて考えられない、それはでも仕方ないことだよね。だって、それがにんげんだもの。
諦めること、自分に見切をつけること。仁は、自分のプライドはそんな自分を許せない、原因となる美咲を許せなくなる、そう信じているようだけれど。そうして、彼女を受け入れても、きっと自分が歪んでしまう、心が捻くれてしまう、彼女への愛情が壊れてしまう、そう思っているようだけれど……。
物語としては、それは正しいあり方であり顛末なのかもしれないけれど。
諦めること、それも人生における一つの道であり、その道を選んでも、人はきっと裏表なく笑えるようになれることもあると思うし、近づくことすら出来なかった才能を関係ない立ち位置から愛し礼讃することも、出来ると思うんですよね。たとえ相手の才能を乗り越えられず、並び立てず、諦めたとしても、寂しいカタチでも憐れなカタチでもなく、健やかなカタチで愛情を交わす事は出来るはず。

仁と美咲の行く末がどうなるかはまだまだわかりませんけど、この二人のお互いを切実に求め合いながら相容れない関係を見ていると、安易に仁が美咲の所に昇るような展開ではない、成功ではない形でのハッピーエンドを見てみたいなあ、なんて思ったり。
ただの妄想ですよ?