とある魔術の禁書目録 22 (電撃文庫 か 12-26)

【とある魔術の禁書目録 22】 鎌池和馬/灰村キヨタカ 電撃文庫

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面白いなあ。何が面白いって、ストーリー云々よりも主人公三人の人物論の昇華が面白い。純化、もしくは先鋭化と言ってもいいかもしれない。間違っても成長とかそういう類じゃないな。突き詰め極めて行くことで、極北へと達していく。
人の心を遠ざけようとして化物になり果て、聖者のようにより純粋なものを求め聖なるものに近づくことで、最終的に「人間」へともどっていく一方通行。
上も見ず下も見ず、ただその手に握った大切な人と、目に見える範囲にいる人を守るため、幻想を持たず語るべき言葉も持たず、ひたすらに地面の上を走り続ける浜面。
それに比べて、上条少年は独り、天上へと登っていく。彼は揺ぎ無い公人だ。誰よりも個を尊びながら、自らのワタクシを持たない。以前、私は彼のことをある種の狂人だと評したけれど、もはや彼は狂った人であることすら逸脱しつつあるような気がする。
後書きに、少しそれぞれの主人公について語っているのだけれど、読む限りではもはや上条少年は人ですら無く、ある種の装置であることを定義付けられているようにすら見えてくる。はからずも、フィアンマの右手が強い力に応じてその出力を得る機能を有していたのと、上条の存在理由は符号しているのではないだろうか。ある種のカウンター・システムとでも考えれば易い。
彼に意志がないとは言わない。彼はかの「不気味な泡」と違い自動的ではない。少なくとも、この巻において彼は明確に「自動的」であることを拒絶し、自らの意志で自らの行動を選択している。
でも、その選択した方向性が、果たして人間として真っ当なのか、というとどうなのだろう。
預言者が神の言葉を代弁するものだとしたら、彼は人の想いを代弁する者だ。だが、果たしてそこに彼自身の唯是たる言葉はあるのだろうか。集合意識としての人の想いと、神に何の違いがあるのだろう。
彼は、差し伸べられた御坂美琴の手を取らなかった。インデックスの幻影を振り払った。
ラストオーダーの手を握りしめた一方通行、滝壷の手を離さず、麦野の手を捕まえた浜面と違って、彼は誰の手も取らなかった。
彼はとうとう最後まで一人きりだった。

世界は善意によって結ばれ、多くの人達の想いが繋がることによって救いの鍵が生まれ、そして皆で悪意を覆すことで、世界は救われた。
なのに、どうして世界を救った最大のヒーローは、独りぼっちなんだろう。
誰も、彼を孤独にしようなんて思っていないのに、彼はそんな人達を助けながらそのまま置き去りにしていく。
それが、妙に哀しい。


改めて思ったけど、この人の書く世界って、人は個人でしかないんだなあ。幾つもの組織は存在するんだけど、その中で人は個を失ってないんですよね。組織人、というものが存在しない。
だから、共通の危機を前に自然と個人の判断で敵味方の垣根を超えられる。
さて、でもそれは単純に素晴らしい事なんだろうか?

小っ恥ずかしい話はさて置いて、本巻最大のムーブメントはもちろん、むぎのん陥落のこと、である。可愛さ余って憎さ百倍というけれど、彼女の場合その逆だったのか。最初はそこまで浜面に執着してたわけじゃなかったはずだし。
ある意味、【月姫】のアルクェイドと行程については似通った所があるかもしれない。あのアーパーはとっとと自分の中の憎悪を好奇心に転換してしまっていたけど、あれはそもそも感情の素地が真っ更だったからで、人並みに感情とプライドのあるむぎのんはその辺を大いに拗らせてしまったわけだ。
なんだよ、結局痴情のもつれかよ、という話になりかねないが、この「とある」シリーズだとそういうドロッとした愛憎に基づく感情って貴重にして希少なんですよね。そういう生っぽい理由や動機が乾いてる作品だからなあ。みんな、純粋すぎて。
ちょっと優しい言葉をかけて貰ったからって、コロッと転がってしまうむぎのんも、まあ純粋なような気もするけど(笑

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