“菜々子さん”の戯曲  小悪魔と盤上の12人 (角川スニーカー文庫)

【“菜々子さん”の戯曲 小悪魔と盤上の12人】 高木敦史/笹森トモエ 角川スニーカー文庫

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高校に入学した俺は、文芸部に強制的に入るように脅されちまった。いきなりの大ピンチに颯爽と現れたのが“菜々子先輩”だった。心奪われた俺は、いつの間にか彼女の言葉に誘導されて――この恋は屈辱の味がする。


あらすじからの印象では、この度菜々子さんの餌食になる後輩君、菜々子さんに惚れてしまったが故に言い様に操られてしまう道化くん、にみえてしまうのですが、どうしてどうして。
この男、相当に食わせ物である。少なくとも、易々と他人の言いなりになるようなタマではない。そもそも、菜々子さんに初っ端から惚れているわけでもないんですけどね。
やる気もなく覇気もなく目的もなく、不真面目だけれどバカに力を費やすような情熱もなく、エロDVDに汲々とする日々をぼんやりと謳歌する、頭の悪そうな平凡な高校生。同級の天坂舞が見下しているように、概ね語り部となる宮本剛太という少年は秘めたる情熱もなにもない。ダラダラと毎日を過ごすだらけた人材だ。
何か信念があってだらけているわけでもない。普通の日常に、希望もいだいていない代わりに絶望もしていない、過去に何かを抱えているわけでもないけれど、将来に何かをいだいているわけでもない。何一つ特別ではない、わざわざ普通と強調する必要もないくらい、その辺に有象無象といるあまり優秀でもない普通の生徒に過ぎない。

よくぞまあ、菜々子さんは有象無象の中から彼という人材を見つけて、釣り上げたものだと思う。普通に付き合っていて、この宮本くんがその人物像からは想像できないくらい、諸般の物事に対して深く思索する人間だとはとても気づかないだろう。この子、自分が他人よりも物事についてよく捉え、考える人間なのだと全然気づいていないようだし、その思考をベラベラと喋ることもなく自分の中で片付けてしまって、殆ど表に出しませんしね。そして、自分は良く考えてるけどそれを口に出していったりなんてしませんよー、という考えてるけど黙ってるんだ! という意識も抱いていない。考えることはとても自然で、その思考や結論を他人に言う事にまるで必要性を考えいない。彼にとって別に思考することは娯楽でも趣味でもなく、武器でも自己満足でもなく、本当に自然な事みたいだ。それこそ、息をするように。特別でもなんでもない。そして、その思考を元にうまく立ち回ろうという気がまるでない。だから、まったく賢しらに見えない。
なるほどなあ、どうして彼が菜々子さんのお眼鏡にかなったのかが、何となく伝わってくる。
この手の人材は、フラット過ぎるがためにむしろ菜々子さんとしては決して操りやすいとはいえないはず。むしろ、他の映研の面々などのように個性的なメンツの方が、簡単なはず。
でも、絶対的にこの宮本くんの方が面白い。何より、菜々子さんは自分が事象の繰り手である事を見ぬいてくれるような相手にこそ、興味や関心、何より享楽を感じているようだし。自分独りでほくそ笑むよりも、相手がやられた、と気づいてくれるくらいでないと、面白くないですもんね。
それこそ、全体像では掌握していても、一部では出し抜かれてしまうくらいの相手じゃないと。
なんてきわどい小悪魔なんだろう。これで、彼女の恋心ときたら、一巻の件の彼に夢中ときた。
いやあ、菜々子さんの本当の気持ちがどうなっているのか、一巻の段階では間違いなく彼の事を好きなんだろう、とは思っていてもあくまで心証であって、本当のところはわからなかったんですけどね。それが、今回こんなにはっきり意思表示してくれると、ニヤニヤせずにはいられない。
ってか、最後のやり取りって幾ら何でも菜々子さん、はっちゃけ過ぎなんですけど。あんた、事件解決に託けて、まさかとは思うが「それ」を手に入れるのが目的にもなってたんじゃないでしょうね。
菜々子さんにも計り知れない「男の子の気持ち」というのを、宮本に確かめてからの考えなんでしょうけど、あんた自分のなんてものを「彼」にプレゼントしようとしてるんだか(苦笑
普通は幾ら好きな相手でもそんなの渡しませんて! 渡された方は真剣に困るぞ、これ。確かにものすごく嬉しいかもしれないが、張本人から渡されてどういう顔をしたらいいんだ。というか、こういうのほしがってるとか決めつけられて、いったいどういう顔をしたらいいんだか。しかも、手紙には見るな、と言外に書いてるし。どうしろっていうんだよ!
もう、最後の手紙だけで菜々子さんがどれだけ恐ろしい小悪魔か知れるというものである。
こんなのに惚れてしまった日には、いったいどういうはめになるのか。なるほど、呪い、と誰かが評したのは当を得て居る。生半な人間じゃあそれこそ人生を台無しにされてしまうだろう。宮本も、それを嫌というほど目の当たりにしたのに、だからこそ魅入られてしまったわけか。こりゃ、大変だ。しかも、最初から恋愛抜きで、と承知した上で、だもんなあ。
もし、菜々子さんを振り返らせる可能性があるとしたら、それこそ彼女を殺すか、彼女に殺されるか、という関係にまでなるしかないんだろう、きっと。

一作の怪しげで緊張感が染み渡った暗鬱な雰囲気も面白かったけれど、この明るく普通の学園生活の中で、菜々子さんもそれなりに普通で楽しげな学生生活を送っているのを見るのも楽しかった。陰険で腹黒の菜々子さんだけれど、別段常時陰険状態ってわけじゃないし裏から学校全体を操っているわけでもないのです、当然だけどね。
というよりも、終わってみると菜々子さんの行動原理って、面白いかどうか、と同じくらいの割合で「彼」のため、に比重が寄ってるんですよね。彼のため、というより彼に対する自分のため、ですけど。うん、つまり自分の為に他人を利用しまくってるわけで、やっぱり陰険だ。でも、憎めない。やっぱり、陰険ではあっても陰湿ではないからか。敵にまわすと凄まじく怖いけど。
一巻と比べても、その行動原理に恐ろしい裏があると疑う必要がなく明快であるがために、さらに可愛く感じてしまう。無茶苦茶可愛い。