丘ルトロジック  沈丁花桜のカンタータ (角川スニーカー文庫)

【丘ルトロジック 沈丁花桜のカンタータ】 耳目口司/まごまご 角川スニーカー文庫

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第15回スニーカー大賞《優秀賞》。選考委員を最後まで悩ませた問題作!!
神楽咲高校に入学した俺は、「丘研」の入部案内を見て直感した、これぞ〈風景〉を愛する俺のための部活だと! 代表と意気投合し早速入部。だが、丘研の正体は代表の野望に奉仕する「オカルト研究会」であった!!
スニーカー史上最凶の<優秀賞>出現と銘打たれているだけあって、これは確かにヤバい。スニーカー文庫にはかなり珍しい類の危なっかしい作品だ。
でも、この作品、冒頭からその本性を明らかにしていたら、これほど印象的にはならなかったように思う。
この作品の肝であり、寒気がしたところは、序章と最終話でまったく作品に対する印象が異なってしまっているところだろう。それも、一気に昼夜が逆転するような豹変ではない。一話進むごとに一枚、また一枚と信じ込んでいた作品像が剥がれ落ちていくのだ。これぞ、化けの皮が剥がれていく、という言葉そのものなんじゃないだろうか。ちょっとエキセントリックな変人たちが集まった奇妙なクラブに偶然入ることになってしまった、自身もちょっと変人なところのある主人公と、おかしな部活の仲間たちとの青春活劇、なんて一話を読んで思い込んでいた読者をせせら笑うように、一枚、また一枚とそのおぞましい本質を覆い隠していたヴェールが剥がれ落ちていく。剥がれ落ちていくたびに、むき出しになっていく舞台となる街の醜悪さ、世界の歪み、登場人物たちの抱える奈落の闇。
あっという間に落ちて行くのではない、足首を掴まれて、ズルズルと引きずり込まれていくのだ。最初はまだ楽観視していたのに、危険視していなかったのに、危ういものだなんて、恐ろしいものだなんて思っても居なかった。だからこそ、引きずられるのにも抵抗せず、いや引きずり込まれているという事実にも気づかず、物語の中に漂っている空気がいつの間にか濁っている事にようやく気づいたときには、物語の中ではしゃぎ回っている登場人物たちの言動に決定的な異質が混じっている事に気づいたときには、もう遅い。遅かったのだ。
日が陰り、照らす明かりが消え失せて、ようやく気づく。彼らがちょっと変わっている人間などではなく、本物の怪物であるということに。
最初から狂った世界の怪物たちの話だったとしたら、別に何も驚かない。何も震え上がったりしない。そういうものだと受け入れて、それでオシマイだ。
だからこそ、この作品は際立っていると言っていい。まさに、怪作だ。

しかし、彼らは確かに怪物であり、怪物であることを受け入れている破綻者であるけれど、彼らがかぶっていた人間の皮は、決して嘘偽りのものではないのだろう。むしろ、彼らは人間であり続けようとしたからこそ怪物にならなければならなかったのかもしれない。
そして、人たらんがために怪物になった彼らにとって、自分たちが人間で居られる居場所こそ、丘研であったのだ。彼らは仲間と居場所を見つけ、しかしそれでも満足せず、居場所に閉じこもる事を善とせず、隠れ潜む事を是とせず、自分たちの居場所足りえない世界を侵略し、破壊し、征服しようと目論んでいる。
取り戻そうとしている。

自分がこの作品に魅了されたのは、主人公たちの狂気だの異常性だのといったところではないのだと思う。
きっとこの作品にここまでゾクゾクさせられたのは、それは、彼らの論理がまさに、普遍的な正義によって否定され、討ち滅ぼされるべき悪の論理だからなのだ。無数の主人公たちによって敵と定められ、戒められ、拒絶され、認められず、倒されていった悪役たちの在り方だからだ。
それが、此処で敢然と描かれている。世界の敵が描かれている。
こんなにソソる話は早々無いでしょう?


個人的には江西陀が一番ツボだったなあ。何だかんだと、メインヒロインの座を沈丁花代表から食いちぎってしまってたんじゃないだろうか。下ネタ大好きのエロ娘にも関わらず、此処ぞというときの純情で初々しい反応や仕草はかなり強烈なんですよね。正直、そのまま江西陀ルートに入ってもいい気がする。代表も、江西陀と咲丘がイチャイチャしてるのを見て不機嫌になるだけじゃなくって、もうちょっと積極的に反応を表に出してくれたら株もあがるんだがw