おやすみ魔獣少女  炎の記憶 (角川スニーカー文庫)

【おやすみ魔獣少女 炎の記憶】 川人忠明/紺野賢護 角川スニーカー文庫

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魔獣を宿した少女の戦い! 第2弾!
中立を宣言した小国ウガノワ。エストたちは、ウガノワ出身の侍女・グローリンダを伴い、ウガノワへ潜入する。グローリンダは、ウガノワの王女マリオンと幼い頃からの知り合いで……。本格戦乱ファンタジー、第2弾!

スハイツめ、一巻で自分がエスト相手にどれだけ無理無茶無謀を押し付けてたか、ちゃんと自覚できていたのか。あれは擁護しようのないくらい強引だったからなあ。時々出てくるエストの姉、フィリアとの思い出から伺えるスハイツの人柄や能力からは別人みたいだ、とは思ってたんですよね。
どうやら実際、自暴自棄になっていたらしいことが本人の口から告白される。言われてみると、確かに自棄っぱちの八つ当たりだったなあ、スハイツの態度は。
それについては、前回エストによって目を覚まされたお陰かきっちり反省しており、エストに対するスハイツの姿勢も、戦術設計士としての作戦立案能力も、感情的にならずに冷静で論理的に、その上でエストの気持ちに配慮した形できちんと発揮されている。ちゃんとやれば出来るじゃない、スハイツくん。

しかし、相変わらず死生観の凄絶な作品だ。エストたち魔獣を身体に宿した<領域魔術師>は魔獣化するたびに命を喰われていき、戦いに生き残っても三十年も生きられない。若くして死ぬことが定められている娘たちなのである。
そういう話自体は珍しくはないのだけれど、この物語が特徴的で凄絶なのはその残酷な運命を、誰もが受け入れている事だ。当事者であるエストは元より、エストを妹のように慈しみ庇護するミビも、スハイツも皆がエストが魔獣に命を喰われて若死する事実を前提として受け入れて、それについては疑問も呈しない。そこに横たわっているのは、現代の死生観では語り得ない、人が容易く死んでいく事が当たり前な、死が誰にも平等に唐突に理不尽に訪れる近しい隣人である事が当然な、過酷な世界の死生観。
特に、雪に閉ざされた極寒の貧しい山間の村で育ったエストにとって、食料や暖を取る燃料が途切れればすぐに命尽きてしまうような、毎日毎晩次の日の朝が迎えられるかが分からないという世界で育った彼女にとって、死は本当に身近な事だったわけです。
ただ彼女が素晴らしいのは、だからと言って生きることを決して軽んじていないところなのでしょう。死が近しいものと弁えているからこそ、人は今を懸命に生きるべきなのだと信じている。自分だけじゃなく、自分以外の他者も簡単に死んではいけないと思っているし、死ぬべきではないと考えている。生きることを謳歌し、人は幸せに生きるべきなのだと信じている。
だからこそ、折にふれてエストは理想に溺れたような願望を振りかざし、現実を顧みていない事を口にして、スハイツたちを困らせるのである。尤も、それはエストが現実を無視して理想にしがみついている、というわけではない。彼女は、純粋にそれが現実的ではないと知らない、無知なのだ。彼女がこれまで生きてきた世界は小さな村での代わり映えしない生活の中に限定されたもので、彼女の意識はとても純朴なまま保たれている。が故に、現実の冷徹で非情な政治や軍事の力学など想像だにせず、イメージも浮かばず、だからついつい素朴な疑問に突き動かされ、現実を顧みない言動に出てしまうのですね。
でも、エストは無知であってもバカではないから、ちゃんと教えられたら理解できるのですよ。何がおめでたい夢物語で、何が実際に起こり得る現実なのか。
だから、彼女は敵兵士を食い殺し、殺戮し、皆殺しにすることを厭わない。彼女は自分の手を汚し、身を穢し、死を受け入れ、死を弁え、無知を恥じ、夢物語と本当の理想の違いをきちんと理解する勇気を持って、その上でなお夢を持っている。理想を胸にいだいている。
だからでしょう。本当ならイライラしそうな、彼女の甘い考えが全然腹立たしく思わないんですよね。どれだけ浮ついた事を口走っても、不快感を感じ無い。
多少無茶でも、それが実行可能なら、ミビが敢然と成し遂げようとするし、本当に現実を無視しているならきちんとスハイツが指摘してくれる。自分の願望が目の前の命や平和を守るものだとしても、より多くの犠牲を払うものだったり、味方を危機に陥れてしまうものだと理解したら、エストはちゃんと引き下がる。
その意味では、今回敵としてエストたちの前に立ちふさがった人は、それこそ現実を直視する事から逃げ出し、自分の思い描く理想に逃げこんでしまった人だったと言えるのだろう。
たとえ、そうやって理想にしがみつくしか自分を保てなかったのだとしても、そこをつけ込まれ利用されたのだとしても、同じようにとは言わないまでも色々と強要されて戦場に放り込まれながら自らの意志と考えで立ち続け、歩き続けたエストとは違ってしまったんだなあ。
エストにとってのフィリアがそうだったように、絶対の味方であるミビが傍に居続けてくれたように、彼女も自分の拠り所をもっと信じ続けられればよかったのだろうけど。でも、その相手が傍におらず、新たな拠り所となった親友があんなコトになってしまったとなれば、ココロが折れ歪んでしまったのも同情の余地があるのかもしれないが。

自らの死を受け入れ、しかし諦めず、次の世代のために戦うことを誓った、これは一人の高潔な少女の物語だ。

1巻感想