ベティ・ザ・キッド(下) (角川スニーカー文庫)

【ベティ・ザ・キッド(下)】 秋田禎信/山田外朗 角川スニーカー文庫

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「父さんは何故殺されたの?」父の仇ロングストライドを追って、砂の大陸を旅する“賞金稼ぎのキッド”ことエリザベス・スタリーヘヴン。だが旅の途上で得た真実は、復讐のみに彩られていた旅の航路を変えていく。かつて父が辿り着いた場所――ヘヴン。
「砂漠の解答」であるその場所に導かれていくベティたちだが、ロングストライドや政府軍もまた、ヘヴンについてある思惑を抱いていた。……秋田禎信、渾身の傑作ついに完結!

答えを求め、解を得る。「砂漠の解答」などと意味深に語られる場所ヘヴンだけれど、決してその場所自体が答えを語ってくれる訳ではない。それぞれが求めていた答えはすでにそれぞれに内側にあり、その場所は答えを浮き彫りにしてくれるところでしかない。いやさ、この物語の登場人物たちはヘヴンで答えを知るのではなく、そこに至る旅の過程ですでに自分にとっての答えというのを見出していて、ヘヴンに存在する装置など使わずとも旅の終わる中で見つけた答えを掴みとる事が出来ていたように思う。
だからだろう、これは成長の物語でも新たに得たものによって変化する物語でもなかった。きっと実感し、目を背けず直視し、確かめるための物語だったのだろう。
この乾ききった無常の大地で生きていく事を。

それを見つけることが出来たベティたちと対比されるように、この世の全てに絶望し気怠げに無造作に数多の情理を踏みつぶしてきたロングストライドは、ヘヴンに答えを見出すことなくこの砂漠の大陸で生きることそのものを投げ捨て逃げ出すことを選択した。
彼は、己にとっての救いを見つけてしまったのだ。それは同時に、怪物ロングストライドの喪失を意味していたのかもしれない。彼がその選択をしたとき、不死身のロングストライドは、使いっ走りで不平屋の小悪党のくせに得体のしれない諦観によって世界のあまねくすべてを嘲笑う底のしれない怪物のようだった男は、歴戦の軍人たちをすら易々と殺戮してのける大敵へと変貌し、同時に倒されるべき存在になってしまった。
何も持たなかったが故に多くのものを奪い去っていった男は、そうして自分の命を惜しみ、自分の行いに背を向けて、世界から逃げ出そうとした報いを受けたのだ。
同情の一片の余地もない、哀しい話だ。

復讐は何も生まない、と善き人は語るけれども、何も生まなくても区切りにはなる。旅が終わっても帰る場所があるのなら、きっと区切りはつけるべきなのだ。
いくつかのロードストーリー、旅するものたちの物語を描いている筆者だけれど、こうして見ると彼らの旅というのは、目的を果たすためというよりも、戻るべき、帰るべき場所を見つけるためのものとして描かれているような気がする。そして、それは楽園と呼ばれるような素晴らしき地―カナンによって成り立つものではなく、人と人との繋がりによって芽生えるものなのだろう。たとえそこが乾ききった未来も果て尽きるような砂漠の大地だとしても、そこは帰るべき場所になり得るのだ。
生も死も等しく空虚で荒れ果てた、潤いなどどこにも見当たらない乾ききった荒涼とした世界観でありながら、なんてロマンティックな結論へと至るのだろう。
ハッピーエンドと軽く言える結末ではなかったけれど、きっと彼女たちが生きていけるのならそれで十分なのだろう。
こうして感想記事を書くために振り返ってみると、上巻で抱いたようにやはりこれは、最後まで筆者の作家としての方向性を純化させたような作品のまま走り抜けたように思う。

上巻