火の国、風の国物語11  王都動乱 (富士見ファンタジア文庫)

【火の国、風の国物語 11.王都動乱】 師走トオル/光崎瑠衣 富士見ファンタジア文庫

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ベールセール王国の王となるため、妖魔と手を結び暴虐の限りを尽くすフィリップ。アレスはクラウディア王女を救うため、仲間とともに王都に辿り着く。時同じくカルレーンも王都でクーデタを起こすべく動き始め……!?

フィリップが思っていた以上に良い悪役になってくれて、頼もしい限り。一応、物語の役割上は悪役ということになってしまうんだけれど、彼がこの巻で示した格というのは仁君とは程遠いものの、中世の為政者としては決して無能ではないんですよね。それどころか、王権から独立していた貴族勢力の首根っこを押さえて、中央集権化に成功しつつある。残虐で苛烈な手法を積極的に活用することで冷酷さを諸侯や民衆に見せつけて、権力者としての威を見せつけることは評判としてよろしくはないかもしれないけど、それが自分の保身や私欲に偏らずに公正に徹している以上は相応の支持を得られるものでもある。フィリップは権力基盤を固めるためにかなり乱暴な事はしているけれど、権力闘争以外の領域では無駄に殺戮に酔ったり、人民を傷つけたり、意味のない戦争を起こしたり、という事はしていないんですよね。ただ力を手に入れた暴君や無能な権力者としては描かれていない。
作中では、彼は倒すべき邪悪ではなく、アレス、クラウディアやジェレイドと目指し治世こそ相いれぬものの、一廉の英傑として描かれている。もちろん、そんな彼を慕うもの、心酔するものも多く出てくる。恐らく、彼がこのまま王となっても、ベールセール王国が亡国の道を辿るとは限らない。それどころか、大陸の覇権国家となり旧ベールセール王国領域はその恩恵を預かり大いに栄える事になるかもしれない。もし本気でフィリップが覇権を握るつもりなら、その侵略戦争を支えるべき王国を疲弊させ潰してしまうわけにはいかないから、それなり以上に富国政策に邁進しなくてはいけなくなるだろう。貴族を潰し中央集権化を図っているのもその一環だろうし、その過程で貴族の暴政に苦しめられていた農奴たちの境遇も、劇的に改善されるとは言わないものの、効率よく収奪するためにはそれなりに肥え太らせなければならない以上はある程度マシになるかもしれない。

フィリップが王座を勝ち取ることは絶対に許してはいけないこと、ではないのだ。
彼が起こす戦乱によって、多くの血が流れる事になるだろうが、この次代ではそれは許容しえる事である。もっとも、戦乱自体を否定する勢力もまた、怒れる聖女によって生まれつつあるのだが。
それを踏まえても、これは勧善懲悪の一個の英雄が巨大な悪を討滅するお話ではなく、それぞれが自分の信念と志、そして思い描く世界のために、主義主張をぶつけて雌雄を決する群雄伝である事が明治されてきたのではないだろうか。
それを思うと、ここ数巻の停滞とアレスの覚醒は、彼にこそフィリップに伍する格を持たせるために必要だった期間なのだろう。囚われの姫を助けだす一人の騎士の物語ではなく、次代を導く王としてアレスが立つ為に必要だった時間だったのではないだろうか。実際、クラウディアの為に振るわれ、自身には確固とした考えというものを持たなかった一振りの剣でしかなかったアレスは、カルレーンが認めたように明らかに以前とは変貌している。そして、今回。ついに彼はクラウディアに思考を預けるという責任を放棄した在り方から、クラウディアに自らの思うとおりに往けとの言葉によって脱却する。そして、カルレーンの告解を受け入れることで、国のため民のための非情の決断を、許しはしなくても、絶対否定しないという余地を得る。これは、ジェレイドとの和解のための大事な要素ですな、きっと。
そして、仲間のサポートはあったとしてもただ一人で剣を振るい続けた彼には、今後従う軍勢が生まれ、彼は一勢を率いる将として、民を導く王として歩み始める事となる。
さあ、戦記物として本格的に面白くなってきた。

本当はクラウディアは、アレスとともに逃げるべきだったとは思うんだけどなあ。フィリップの元に残ってしまうと、彼に正当性を与える事になってしまうのに。アレスと逃げておけば、フィリップを逆賊と糾弾し、王家に忠誠を誓う勢力も糾合出来ただろうに。

シリーズ感想