影執事マルクの彷徨 (富士見ファンタジア文庫)

【影執事マルクの彷徨】 手島史詞/COMTA 富士見ファンタジア文庫

Amazon


エミリオが目を覚ますと、目の前には心配そうな顔をしたカナメがいた。どうやらまたエルミナの身体で起きてしまったらしい。すぐさまエルミナに替わろうとした彼女だが、なぜか過去の記憶の中に囚われてしまい……!?
あれ!? この状況から短篇集になってしまうのか!?
前回の短篇集である【影執事マルクの迷走】でもそうだったんだけど、単純に短編を集めて並べたモノにはしないんですよね、手島さんは。きっちりと本編のストーリーに組み込んで見せてくれる構図はややも強引ではあるけれど、上手いなあと感心させられる。眠っていたエミリオに、これまで屋敷で起こった事を伝える効果を発していると同時に、フォルという重要なキーパーソンを自然にエミリオに合流させるための要素にもなっている。これは、最初からドラゴンマガジンに上奏した時から本編と連動させるつもりで短編も書いていた、と考えないとなかなか出来ない演出である。
大したもんだ。

【そこが山犬の住処だから】
マルクにとって、過去の遍歴というのは悪夢とは言わないけれど、振り返っても居心地の悪い気分を味わうだけの、決して良い思い出とは言えないものだった、これまでは。
でも、それまでの旅路が今の安住の住処へと辿り着くまでの必要な道程だったのだとしたら、自分の居場所を手に入れてからもう一度ゆっくりと落ち着いて苦しく面白くなかった過去を振り返ってみると、そこには思いの外悪くない、楽しく心地良かった思い出が寄り添っていた事に気付かされる。
過去に在籍したサーカスと再会したマルクの、懐旧と今の暮らしの大切さを噛み締める、騒がしい祭りの一夜での一時のお話。
何気に、三人で仲良く祭り見物をしていたアルバとセリアとアイシャの三人が、もう年季の入った家族すぎる(笑

【だから彼らは消えることにした】
怖がるエルミナやアイシャたちの姿に調子に乗ったマルクが、実しやかに噂される怪談話を語って効かせたところ、あろうことか次々に人が悪霊に喰われて消えていく怪談話がヴァレンシュタイン家にて再現されてしまうという幻想ホラー。わりと拍子抜けにほっこりとしたイイ話で終わったのかと思ったら、怪談話らしいオチが待っていた、と見せかけてさらに何気に重要なネタふりだったことが後々この本編にて明かされる、というドラマガで短編だけ読んでたならこれ本編は結構驚きの展開だったんじゃないだろうか。

【犬と魔眼と異国の硬貨】
クリスって、確かだいぶ前に街から旅立っていったはずなのに、事が起こるたびにだいたい身近にいるのは何なんだろう(苦笑
これまで誕生日を誰にも祝ってもらったことがなかったアイシャを、みんなで祝ってやろうというアットホームなお話。さりげにマルクも、誕生日を祝ってもらうとかプレゼントをもらうというイベントがある事自体知らない人生を歩んできた、という時点でアイシャ並みに可哀想だった事が発覚し、みんなから憐れみの目で見られるという話でもある。僻むな僻むなw
いや、ちょっと驚いたエピソードもあったんですよね。アイシャって、アルバのこと、知ってたというか承知していたのか! 全くと言っていいほど態度に出てなかったので全然気がつかなかった。なんだ、そうだったのかー。確かに、同族というだけにしては異様に懐いてるなあとは思ってたんだが、違和感を感じるほどじゃなかったんですよね。全く、兄貴に付き合って、いい子じゃないか。
そんな二人を慈しむように見守るセリアさんが、姉さん女房すぎる。もうアイシャを完全に妹扱いだよw いいなあ、二人とも可愛いんだ、このこの(笑


【それが彼女との約束だから】

基本的に、エルミナもカナメも甘えベタなんですよね。頑固で意志が強いくせに、押しは弱いし此処ぞというときの自己主張もなかなか不器用で出来ない。だからこそ、恐る恐る指を伸ばすように垣間見せる恋する乙女の主張が、実に可愛らしいんですけどね。マルクが子憎たらしいのは、そういう彼女たちのか細い声を、決して見逃さない所なんですよね。異性の、男の子として女の子である彼女たちの想いをキャッチしている、とは言いがたいんですが、それでも彼女たちを傷つけず、落胆させず、きちんと喜ばせてあげているマルクは、甲斐性なしなんかじゃないですよ。
そんな、女性の髪にまつわるお嬢様のささやかな我侭のお話。意外とカナメの方が、尽くすというか相手の好みに合わせようとするところがあるんですよね、健気だw


【そして、尖晶螢(オルネイロ)は踊る】

かつて<東方不敗>と謳われた最強の契約者の一角たるカナメの強さが久々に魅せつけられると同時に、彼女が手に入れた弱さに魅入られる。恋のライバルであり、主人であり、そしてお互いの心の内をさらけ出し合った初めての親友、エルミナを助けられない自分の弱さ、自責、そして一人きりという心細さから思わず泣いちゃうカナメのなんという可憐なこと、可愛いこと。本来なら絶対的な姉の味方であるはずのエミリオが、カナメの事も応援したくなるのもよくわかる。セリアもカナメ応援派らしいけど、この娘は同性の方が応援したくなるタイプなのかもしれないねえ。


そして紡がれる、ドミニクの元を離れてたエルミナとエミリオの母、ヴィオラとリカルドの真実。ドミニクとヴィオラの淡い恋の物語があんな形で終わってしまったことに、少なからず釈然としない想いをいだいていたんだけれど……これを見せられるともう何も言えないなあ。なんだ、ヴィオラもリカルドも、ちゃんとお互いをこんなにも好き合っていたんじゃないか。
ドミニクがペインと対立してまで、彼らの生活を守ったのも、これなら納得。

でもね、それがもう一度人を変えて繰り返されるというのは、やっぱり納得がいかない。マルクとエルミナとカナメの決着は、運命を前提とした上で精一杯に生きるという選択肢ではなく、すべてから解き放たれた上で決められるものであって欲しい。
何より、カナメがこれと同じじゃあ納得しないよ。

と、思わぬ形でラスボスが登場し、まさかのジェノバの過去が垣間見え、こりゃ次回はまさかまさかのジェノバ回なのかしら!? この娘もフリーダムなわりにずっと鬱屈を抱えてるしなあ。セリアのように、ぜひとも解放されてほしい。
ちなみに、今回の彼には何気にエミリオとフラグが立ってたような気がするよ?

シリーズ感想