グロリアスドーン12 出逢いの詩は静かに広がる (HJ文庫)

【グロリアスドーン 12.出逢いの詩は静かに広がる】 庄司卓/四季童子 HJ文庫

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見上げてください。そこにあるものが真実です。
自らの過去と太陽系の正体。その全てを受け入れた広大は、人類を代表する者の一人としてbioクラフトと共に歩む未来を選ぶ。その頃、宇宙の調整者サウザンドメイズィスによる最大最後の秘策『プロモーション』が発動。決戦の地へと飛び立つ広大とティセの前に、追い求めた父・大地が立ち塞がる。黎明の唄が囁きかける至高のスペースラブファンタジー、ここに完結!!

思えば本作はこのHJ文庫の創刊から三ヶ月目から始まった、言わば最初期のメンバーでした。それがついに完結ともなると、なんとも感慨深いです。
ティセ子さんは、それこそはじまった当初からその可愛らしさは些かも衰えず、ティルにティオという姉妹が加わることで破壊力も倍増し、最後まで愛でさせていただきました、ええ、いただきましたとも。あの、パタパタという両手を上下に動かす仕草はもはや至高のものでした。あれこそ、映像で見たかったなあ。
そんな愛らしい、愛玩動物のような少女であったティセですが、大空広大のパートナーとして寄り添う一人の小さな女の子であると同時に、彼女は最後まで広大な宇宙を体現するような存在であり、人類の行く末を、その文明を悠久の先まで見守り続ける遠大なるbioクラフトという生命であることを辞めませんでした。
それこそが、この【グロリアスドーン】という作品がまず生粋のSF作品であったということの証左なのだと思うのです。
彼女たちbioクラフトは、きっとパートナーである広大たちの人生をその傍らで見守り続けるのでしょう。ですが同時に、彼らがいつか老いて亡くなり、居なくなってしまうという事実を蕭々と受け入れているようでした。
それはいつか語られたように、人類という種の紡いだ文明を、いつか人類が滅び去ってこの宇宙から消え去ってしまうような未来まで、語り継ぐために。楽しかった思い出を、何時までも何時までも伝えるために。
そんな他愛もない日常の風景と、悠久の空間と時間を体現した在り方の両方を無理なく両立しているティセたちの存在は、この作品の身近な日常と遥かな宇宙とは決して断絶したものではなく、当たり前のように繋がっているものだというコンセプトの成功を、まさに体現していたのではないでしょうか。

彼女との出会いが広大たち普通の高校生に宇宙の広さを実感させたように、この巻でワンダフルプレイスが地球上の全人類に見せた光景は、否応なく自分たちの住む地球が宇宙の一部であり、自分たちがこの広大な宇宙の中に確かに存在していることを強く感じさせることになりました。
意識してか無意識にか、それは人それぞれなのでしょうが、見上げた空に映し出された光景は、きっと地上にへばりつく人類の価値観を、根こそぎ揺るがすものだったのではないでしょうか。それこそ、bioクラフトという地球外知的生命体との邂逅以上に、身近な体感として。
それは、すなわち閉塞を打ち破る無限の可能性。
人類が、いつかたどり着けるかも知れない世界。
まだ見ぬフロンティアへの夢こそが、SFの源泉なのだとしたら、それを叶えんとするこれこそ正しいSF作品の形の一つだったのではないでしょうか。
そしてもう一つ、10巻の感想でも書いたこと。いつかの遠い未来、人類が一人も残さず滅び去ったとき、人が連綿と繋いできた歴史は誰にも知られる事なく消え失せる。何万年と言う人が築いてきた想いが、何も残らない、無と化してしまう事への虚しさ、恐怖。でも、bioクラフトという存在は、そんな絶望を消し去ってくれる。いつまでも、私たちのことを覚えてくれている。忘れずに、思い出の中で大切に守り続けてくれる。それを、ティセたちは改めて約束してくれた。それは、遠くない未来に彼女らを時間の向こう側に置き去りにしてしまうということなのだろうけれど、彼女たちは今という同じ時間の中で共に過ごす事を選んでくれた。自分たちと思い出を作る事を選んでくれた。いつか、もう一度出会うその時を信じて。
それが、何故かとてつもなく、嬉しい。
だからだろうか、最後のティセが見た遠い未来の夢。そして、広大に見せた彼女の笑顔、最後のティセのイラストはとても眩しく、心浮き立つものだった。
素晴らしいエンディングだったと、そう思う。最後まで好きだと言えた、良い作品だった。

庄司卓作品感想