はたらく魔王さま! (電撃文庫)

【はたらく魔王さま!】 和ヶ原聡司/029 電撃文庫

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魔王城は六畳一間!? フリーター魔王さまが繰り広げる、庶民派ファンタジー!

 世界征服まであと一歩だった魔王サタンが、勇者に敗れてたどり着いた先は、異世界『日本』の東京・笹塚だった! そんな魔王が日本でできること。それはもちろん“世界征服!!”──ではなく、アルバイトをして生活費を稼ぐことで!? その頃、魔王を追って時空を越えた勇者エミリアもまた、テレアポとして日本の貨幣経済と戦っていた。そんな二人が東京で再会することになり──?
 六畳一間のアパートを仮の魔王城に、今日も額に汗して働く魔王さまが繰り広げる、庶民派フリーター・ファンタジー登場!
結論から言うと、すんげえ面白かった。言い換えるとめちゃくちゃ面白かった!!
魔王サタンなんて安易な名前を使っているものだから、内容の方も兎に角ノリ重視特化型で中身のない勢いだけの作品なのかと不安だったんだがどうしてどうして。中身が無いどころか、地に足の着いた表現力についてはちょっと新人離れしてないか、これ? キャラクターたちの、実際に働いて生活費を稼いで家賃、光熱費を払って、生活必需品を買って毎日しっかり生活してます、という生活感がリアルすぎてビビるくらい。異世界から現実世界の日本に来て、文明レベルや文化の違いに戸惑い困惑しながらも日本での生活に慣れていく、というパターンの作品は枚挙の暇がないけれど、正直ここまで生活というものにリアリティを感じる作品を見たことがない。というか、異世界から現実世界に、というパターンどころじゃなくて、普通に現代日本を舞台にしたものでもライトノベルでこれだけ生活感を感じさせてくれるのって読んだことが無いですわ。まあ、ライトノベルは大概子どもが主人公だから当然といえば当然だろうけど。社会人が主人公のガチの恋愛ものとか、仕事がメインの漫画とか行かないと、こういうコミカルにして実在的な話って見ないよなあ。
そうなんだよなあ。日本で生活するには、まず戸籍が必要で住居を確保するには不動産屋に相談するのが必須で、健康に生活するにはとりあえず国民健康保険には入っておかないとマズイんだよなあ(笑
最初期に戸籍を入手する際など多少催眠魔術を使ったとは言え、基本的に無一文から犯罪など起こさず正当な手段で貧乏なりにも生活していけるだけの衣食住を確保し、安定した収入を得るに至った魔王さまこと真奥貞夫と悪魔大元帥アルシエルこと芦屋四郎のバイタリティは尊敬に値します。いや、ホントに凄いんですよ。バイトバイトに明け暮れて、勤務内容も真面目で優秀ですし。なんだよ、勤務態度優秀な魔王ってw
いやいや、侮ってはいけません、笑ってはいけません。現在契約社員として務めているファーストフード店での接客態度はぶっちゃけ神がかってました。そんなに出来る店員、滅多と居ねえよ!! それはもう、こっそり様子を伺っていた勇者が、魔王のくせになにやってんだと逆ギレするほどにw
その勇者は勇者で、やっぱりこちらの世界では力を発揮できず普通の人間になってしまったが為に、生活のためにテレアポの仕事をしてるOLをやってるんですけどね。こっちはこっちで、わりと高収入の仕事を確保して、ちゃっかりマンションなんかに収まってるあたり、ある意味魔王たちよりも上手くやってるわけですが。
魔王のくせに、魔王のくせに、とか言ってる勇者様ですけど、アンタだって財布落とした際に、銀行カードやクレジットの手続きをしないと、と昼休みに行列の出来る店に誘ってくれた同僚に断りながら愚痴ってるとか、あ、最近はカード類は電話するだけで止めるだけは止めれるのよ、とちょっとした豆知識を開陳したり。どんな勇者だ!! 完全にそこらのOLじゃないか(爆笑
日本での魔王と勇者初遭遇の際なんて、痴話喧嘩と間違えられて交番に連行されて調書まで取られてるし。どんな勇者と魔王だw
この作品の警察は、真奥と勇者エミリアこと恵美が謎の敵に襲われた際も、遺留物の真奥の自転車から所有者を割り出して、真奥を参考人として呼び出したり、恵美に身元引受人として来て貰ったりと、ちゃんと警察らしく仕事してるんですよね。そうだよなあ。警察って普通こういう風な仕事してるんだよなあ。他のラノベじゃ、何もしてないか、逆に特殊な部署が出てきて活躍したり、と極端な登場しかしないので、こうして普通に警邏課が実直に仕事してるのを見てると何やらジーンと感動してしまった。いやいや。

兎に角、様々な部分に身近な生活感が感じられるんですよね。部屋の中の家具や小物の配置から、身につけている衣服、通勤用のスーツについてのあれこれや、ちょっとした生活習慣に到るまで。それらが、単なる置物としての背景に留まっておらず、キャラクターの存在感や魅力として生き生きと活用されているのです。ぶっちゃけ、魔王と勇者、という異世界ファンタジーとしての要素が皆無の、現代が舞台のドラマでも、面白さの格は何一つ変わらず落ちず、創りあげられるんじゃないだろうか、この作者なら。かと言って、ファンタジー要素が邪魔だなんてことは全く無いですよ。異世界から飛び込んできた魔王たちと勇者が、普通の人間として日々を懸命に生きているというギャップや、自分たちを追ってきた第三の敵に図らずも共闘して戦うという展開も非常に面白かったですし。
さらに言うと、あの真奥のキャラクターは興味深いですよね。元々善人の魔王だった、というわけじゃなく異世界では典型的な魔王だったにも関わらず、魔力のほとんどを引き剥がされ人間同然になってしまったこちらの世界での真奥は、なんか凄い性格イケメンになってますし、異世界に舞い戻り魔王として再起を果たす、という目論見を些かも捨ててないにも関わらず、現状に対して絶望も不満も抱いておらず、まずは現在の職場で正社員になるんだっ、と非常に前向きに生きてますし、魔王として魔力を取り戻して戻るにしても、かつてのようにどんな犠牲を払っても、どんな手段を使っても、何がなんでも、という気持ちはまるで無いようだし。
そりゃ、勇者としてはかつての仇敵の変貌に混乱するだろうし、葛藤も生まれるよなあ。しかも、魔王軍との戦いは義務や使命感などからではなく、恵美は自分の父親の仇として、復讐者として戦ってきたわけだし。
そんなギャップに積もり積もった鬱積が爆発し、自分の復讐心も露に魔王に詰め寄った時の、彼の弁解のような謝罪のような、曖昧な内容が、実はけっこう自分は好きだったりします。
変に理屈をこね回して論破するでもなく、全面的に今までの所業を悔いて謝るのでもなく、あの戸惑いながら、実際彼女の悲しみや怒りに対して罪悪感を感じながら、でも今まで自分が魔王としてやって来たことに対して悪気を感じていないような、ただ今後魔王として戻るならちょっとこれまでのやり方を考え直すべきだよな、とでも考えていそうな、なんだろうこれ、自身の内面の変化によって過去と同じ事を以降も続けるべきではないと思いながらも自分の過去を否定する気はさらさらない、というふうな在り方? 反省はするけど後悔はしない? 見方によっては卑怯とも取れるそれが、自分には何故か好ましく思えてしまったのが、ナンでだろうと思いつつも面白い、うん面白い。
結局のところ、ここで描かれている人の在り方というのは、恵美の同僚にして友人である梨香が語った、かつて経験した大災害によって学んだという人間哲学、「今までの価値観がまっさらになったとき、人間ってどう転ぶか分からないんだよね」に尽きるのかもしれない。恵美は、その発言の後の言葉の方に関心が言ってしまって、この言葉についてはあんまり気に止めなかったようだけど。

何にせよ、この新人作品はとびっきりに面白かったです。続編が出るにしろ、新作になるにしろ、これは最優先で追いかけないと♪