アンチリテラルの数秘術師(アルケニスト) (電撃文庫)

【アンチリテラルの数秘術師(アルケニスト)】 兎月山羊/笹森トモエ 電撃文庫

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残念だね。君には“無次元数(スカラー)の異常を視認できる才能”が開花してしまった。

「人はデルタtの狭間に生まれ、そして死んでいく」
 ビルから落ちていく儚い少女。彼女の背中に、一瞬、羽が見えた気がした──それが、“数秘術師(アルケニスト)”羽鷺雪名(うさぎせつな)との出会いだった。
 妹の愛架が突然、何者かに誘拐されてしまう。必死で探す俺の目に、無数の赤い数字が虚空に浮かんで見えた。そして、俺は知ることになる。あらゆる数を書き換えることで奇跡を起こす能力者の雪名は、“確率”を操る怪人との戦いにひとり、身を投じようとしていた。“数”の異能力アクション、開幕!
凄いなあ、この新人さんはデビュー作にしてほぼ完全に自分の作風というものを確立してるじゃないか。典型的な現代異能ものと言えばそうなんだけど、浮ついたところがなくて物凄く雰囲気があるんですよね。これは出色。
面白いことに、キャラクターに関してはライトノベルとしてはビックリするくらいに普通。突飛な性格や目につくような派手な個性などといったキャラ付けは一切してないんですよね。主人公の誠一くんは兎も角としても、ヒロインである雪名や妹である愛架もがむしろ平凡といった性格をしていたのには驚かされた。特に、雪名などは見た目については白髪などといった特徴を有しているものの、内面的には本当に普通の女の子なんですよね。誠一との接し方や交流の様子なんかも、特別で過酷な背景を持った異能モノのヒロインというよりも、青春恋愛劇に出てくるようなちょっと内気で仄かな影を抱えた少女といった感じだし。言うなれば、バトルものよりも心の交流を描いた作品に出てくるようなヒロインのように感じた次第。これはちょっと新鮮だったな。
濃いキャラ付けがイコールそのままキャラクターの魅力となるわけじゃない、という見本のようなキャラクター描写でした。
しっとりとした雰囲気の中で、丁寧に折り重ねるように紡がれていく交流の中で浮かび上がってくる登場人物たちの魅力や存在感。まだまだ掘り下げ方や深度については進撃の余地は残っているとは思うんだが、この方向性自体は大事にしてほしい。バトルそのものに傾倒するんじゃなく、戦うに到るまでの心の移ろい、人間関係の絡まり、そこから戦う理由と意志と覚悟を見い出し立ち上がるまでの過程にこそ輝きが得られる作風だと思う。そして、実際の戦いの顛末は、単なる答えや結果ではなく、結実であり結晶と成り得るような。

もう一つ興味深かったのが、秋月刑事という存在を加えたことでこれを主人公とヒロインの閉じられた世界にするのではなく、世代を超えて受け継がれていく意志と生き様を主題のひとつとした作品となってるところである。誠一も雪名も最初から最後まで知らないままなのだけれど、偶然か必然か、彼らは先達が遺したものを引き継いで、彼らの生きた証を体現し、後悔や未練を晴らす役割を担ってるんですよね。でも、彼ら自身はそれを知らないことで、重荷として背負う形にはなってないのがいいんですよね。自然と、次代を担っている。それに、彼らが強く生きることそのものが、先達たちにとっての報いになってるわけですしね。
そして、秋月刑事は過去と今とをつなぐ橋渡しとなり、同時に今の誠一たちを見守る存在になっている。きっと彼女は前の時代では主人公の助手として働きながら、仄かな想いを抱いていたサブヒロイン的な立ち位置に居たと思うんですよね。それが、今は若い少年少女を助けて見守る立場になっている。それが何か今現在が確かに未来へと続いている事を過去から証明している生き証人、みたいな感じで何気に重要なキーパーソンとして機能してるのではないだろうか。
何にせよ、こうした受け継がれていく意思、というタイプの話はやっぱり好きなんですよね。そして、それを前面に出さずにひっそりと土台の基礎部分として沈黙しているところも。こうしたところも、この作品の厚みのある雰囲気に良く影響してるんだろうなあ。

非常に質の高い良作でした。次回以降もこれは大いに期待。