彼女は戦争妖精 小詩篇3 (ファミ通文庫)

【彼女は戦争妖精 小詩篇 3】 嬉野秋彦/フルーツパンチ ファミ通文庫

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薬子とエルク、そして、すべてのはじまりの物語。

バイト帰りの大学生、早瀬薬子が助けたのは、妙な口調の美少年。そして彼は囁いた。「姐さん、殺したい相手はおりやせんか?」――【Lebor Fragarach】病から逃れるため"楽園"を目指すリュクレーヌ。一方その頃"世界の果て"では、ひとりの学者と彼を愛するウォーライクの元に"妖精の書"を抱いた少女が現れて――【Lebor Meabhal】岩手での出来事に思い悩む伊織。散歩の先で、偏屈な老婆と出会うのだが――【Lebor Bricriu】真実に近づく小詩篇第3巻!

ここで書かれている物語を思い起こすたびに、ため息がこぼれてしまう。人間ってものは、なんて儘ならないものなんだろう。もっとシンプルに割り切れたなら……でも、その割り切れない所こそが人の本質なのか。
薬子先生と頼通叔父貴の関係が思っていた以上に親密で深いものだった事がわかって、少々ショックを受けてます。これまでも散々恋人じゃなかった、と二人とも主張してたのですけれど、なんだよ、あんたたち、それ以上の仲だったんじゃないか。
早瀬薬子は宮本頼通が好きだった。
たぶん、宮本頼通も早瀬薬子のことが好きだろう。
ことさら口にしたことはないし、周囲からそういうことをいわれるたびに、お互い否定はしてきたが、それは間違いのない事実だった。
――と、薬子はそう思っている。

ただ、二人がそういう仲にならないのは、それぞれの順位が一位でないということを、二人が何となく判ってしまっているからだった。
お互いがお互いを好きでも、成り立たない関係ってあるんですね。立場や地位なんかの外的要因を抜きにしても、想いが通じ合い、結ばれて、幸せになりましためでたしめでたし、にならない、なれない関係がある。それでも、薬子にとって頼通は大切で、頼通にとっても薬子は特別だったはずなのに。先の本編で、二人は本当の意味で決別してしまったのだ。きっと、薬子にとって頼通との決別はこの過去編の段階で既に決めていた事だったんだろうけど。はー、叔父貴が本気で凹んでたわけだよ。こっちもショックだわ。なんでこう、上手くいかないんだろう。絶望的なのは、この二人の決別については回避できる可能性が全く見えないことなんですよね。何か明確な理由があって、二人が決別しなきゃならなかったのなら、解決策はあったはずなんです。でも、これってちゃんとした論理的な理由って、実のところないんですよね。薬子はそもそも、決断を下すことを決めただけでどういう決断を下すのかは保留したままなわけだし。今回の話で、薬子の目的とか戦う理由なんかがわかるのかと思ったけれど……いや、ちゃんと明かされたは明かされたのか。彼女の中でもまだ決まっていないということが。それとも、今の彼女は、もう決めているのだろうか。
何れにしても、彼女は頼通ではなく、エルクを選んだのだ。弱い自分を庇護して貰うことを避けて、怒りや復讐心を向ける方向も決めないまま、刃として振るう道を、戦う道を選んだのだ。それが、早瀬薬子の在り方だった。自分の在り方を曲げてまで他者に依存して、それを幸せと呼ぶことを選べなかった時点で、二人の決別は避けられないものだったのだろう。
頼通と薬子は頼通と薬子だからこそあんな関係になったのに、そんな二人だからこそ道別れるしかなかったなんて、儘ならないよなあ。
今回の話は頼通と薬子だけじゃなく、伊織にとっても重要な話でありました。まだ小学生だった彼に、こんな失われた過去があったとは。小学生の時からスレてるとは思ったけど、やっぱり子供は子供だったんだなあ。ちょっと安心すると同時に、まだこんな幼い時分に哀しい経験をしすぎているよ、この子は。でも、こうして彼のあの頑ななまでの責任感が培われたわけだ。そして、紅茶好き、年上好み、という趣味も。


もうひとつの中編は、音信不通になった伊織の父の失踪の真実と、七年も経ってからクリスが送られてきた理由が描かれている。妖精の書に纏わる話でもあるんだけれど、やはり本筋は伊織の父親の人でなしの一面だよなあ。悪意が無い分、これは余計にたちが悪い。伊織が実の父を毛嫌いしているのは、肉親ゆえの過剰な憎しみ、というわけじゃなかったんだなあ。頼通叔父貴も兄貴に対して随分冷めた見方をしてたけど、こんな人が相手なら仕方ないわ。そりゃ、叔父貴も伊織も自然とあんな風にはなりたくない、と反面教師にしてしまうわ。

ラストは、時系列は本編最新刊の直後。というわけで、一番新しい話しになるのか。正直、この展開は意外だった。てっきり、ロードに手を掛けたも同然な以上、伊織を取り巻く環境はドツボにハマるみたいに悪化していくのでは、さらにそれに伴って常葉先輩もどんどん危ういところに追い込まれていくのでは、と危惧してたんですよね。それを、こんな横合いからえいやっ、と支えてくれる人が現れるとは。なんて小憎く小粋な人なんだろう。この人の登場と親交を得るということは、伊織の鬱積を幾らかでも軽くしてくれるという意味合い以上に、常葉の身内側から二人の関係を庇護してくれる人物が現れたという意味で、常葉先輩の死亡フラグがかなり回避されたんじゃないでしょうか、これ。死亡フラグと言わずとも、ロードとして破れて伊織との記憶を失ってしまうような展開も。


あとがきでは珍しく、主人公の伊織についての語りが。ああ、作者からしても伊織って、鳳月くん並みにお気に入りだったんだなあ。鳳月くんとは性格やキャラのベクトルがまったく異なっているにも関わらず、描き方の熱量、というか描く感触がしっくり来てる感じがどこか似たようなものを感じていただけに、これには納得。

嬉野秋彦作品感想