ビブリア古書堂の事件手帖―栞子さんと奇妙な客人たち (メディアワークス文庫)

【ビブリア古書堂の事件手帖 栞子さんと奇妙な客人たち】 三上延 メディアワークス文庫

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 鎌倉の片隅でひっそりと営業をしている古本屋「ビブリア古書堂」。そこの店主は古本屋のイメージに合わない、若くきれいな女性だ。だが、初対面の人間とは口もきけない人見知り。接客業を営む者として心配になる女性だった。
 だが、古書の知識は並大抵ではない。人に対してと真逆に、本には人一倍の情熱を燃やす彼女のもとには、いわくつきの古書が持ち込まれることも。彼女は古書にまつわる謎と秘密を、まるで見てきたかのように解き明かしていく。
 これは栞子と奇妙な客人が織りなす、“古書と秘密”の物語である。
これは素晴らしい。あはは、いや、これいいですわ、めちゃくちゃ好き。大好き。
これまで主に重厚な雰囲気の現代伝奇小説を手がけてきた三上さんですけど、全く作品の装いを変えてきましたね。……いや、違うか。三上さんって、根強いファンがけっこういらっしゃると思われるのですが、この人の作品の中から私を含めたファンを魅了してやまない部分を抽出して純化した上で、日常ミステリー、あるいは本を縁として繋がる人と人との関係に重点をおいた物語に織り上げなおしたのがこの作品なんじゃないかと。三上さんの作品の中でも【ダーク・バイオレッツ】【シャドウテイカー】【モーフィアスの教室】というラインナップを好きな人は、この作品にはハマるんじゃないかなあ。ホラー要素は皆無なんですけどね、あの地方都市の灰色で乾いた空気の匂いのするシンとした静けさと、寒空の下だからこそ寄り添う人のぬくもりを感じるような感覚。余所余所しさと親密な身近さが同居するような相反する雰囲気。三上作品のあの感覚にこそ惹かれている人は気に入ると思いますよ。

膨大な知識と鋭い観察力、そして明晰で論理的な想像力を以て「安楽椅子探偵」をやってのけるのが、この物語のヒロインである栞子さん。祖母の遺した一冊の本。主人公が活字アレルギーになってしまった原因であるその本を鑑定してもらう為に「ビブリア古書堂」を訪れた事から、物語は始まるわけですが。実のところ、栞子さん、肝心の古書店にはいないんですよね。ちょっとした事故で足を怪我して病院に入院しているのです。その本をめぐるお話から縁あって、彼女が不在の店で働く事になった大輔が、持ち込まれてくる本とその本によってつながれた縁によって生まれたささやかな日常の中のミステリーを、栞子さんとともに紐解いていく、そんな大事件という程のものも起こらないささやかな事件簿なのですが、これがどれもいい話でねえ。
いや、必ずしもイイ話、というわけじゃないんですけどね。特に最初の大輔がはからずも知ることになった祖母の秘密なんぞ、決してイイ話ではなかったんですが、彼女の秘めた思いといい、家族との関係といい、祖母の秘密を知ることになった大輔の想いも加えて、実に味わい深いお話だったと思います。
他にも、本の窃盗事件を通じて本来なら決して関係など生じないはずの女子高生と老人の交流なんかも、後の二人の関係と、その様子を想像すると微笑ましくって。
でも、一番好きな話は、論理学の本を発端になれそめた夫婦のお話。彼らを取り巻く環境というのは、客観的に見ると非常に重たいもののはずなんですが、不幸を決して不幸とは思わせない、当人たちの愛情溢れた幸せそうな姿には、胸が熱くなりました。なんていい夫婦なんでしょう。この話には心底感動させられました。

そして、ラストの本好きの業をこれでもかと思い知らされる最後の事件。栞子という人が今置かれていた現状が明かされる話でもあり、大切なモノをどう扱うべきなのか、あるいは男心の繊細さをくすぐるようなお話で、事件の中核自体はこれまでの日常ミステリーとは一線を画した、危機感を煽られる本物の事件なのですが、同時に男女の機微をつつく話でもあるんだよなあ、これ。
繰り返し、内気さ、内向性、人見知りで引っ込み思案な性格を強調されてきた栞子さんの本気と頑張り、心のそこから求めたものを見られた、という意味では眼福な話だったのかもしれません。
なんちゅうか、お幸せに、と心からエールを送りたいですね。この微笑ましい二人が不器用に探り合う距離感のやりとりが好きだったのもあるのでしょうが、志田さんと奈緒、坂口夫婦といった脇を固めるキャラクターたちがこの静かな古書店を中心に広がる世界観を、じんわりと沁みいる素敵な物語へと形作っていたような気がします。
読み終わったあとに、ホッと温かくなった胸に手を当てて微笑む事ができる、そんな素晴らしい読後感を与えてくれる一冊でした。