ごめんねツーちゃん  ‐1/14569‐ (富士見ファンタジア文庫)

【ごめんねツーちゃん ‐1/14569‐】 水沢黄平/村上ゆいち

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ファンタジア大賞「銀賞」受賞作
ツバサとイヴ。二人との出会いは、いつもの夏を忘れられないものにしてくれた。それは少しややこしく、少し哀しい気分にさせられるものだったけれど−−。高2の夏。まぎれもなく、オレは、1/14569の彼女と恋をした
これは今時珍しいくらいの純正の青春小説。あるいは古くも懐かしい私小説風の心境小説、と見てもいいかもしれない。それくらいに、この物語は感傷に満ちている。
この主人公は現在進行形で起こる出来事の当事者なのだけれど、その語り口はどこか人生を半ばまで過ごした人が、ふと立ち止まって若かりし頃を振り返り、懐かしむようにしてポツリポツリと思い出話を口にしながら、感傷に耽っているかのようだ。
そこにあるものは、折り目正しい筋道立った物語ではない。理屈に沿った事象があるわけでもない。そもそも、意味があるわけでも答えがあるわけでもない。ただただ、感傷に浸っているかのように物語は語られる。喜びも悲しみも、楽しさも辛さも、寂しさも人恋しさも、絶望も希望も、すべてを内包したそれは曖昧模糊として割り切れない、具体的な形を持たないがゆえに、受け取る側に混乱をもたらしてしまうものなのかもしれないが、同時にそんなあやふやで、しかし生々しいまでに若かりし青少年の理屈じゃない情動を描いたこの物語もまた、頗る真っ当な青春小説のひとつの形なのではないだろうか。
そして、自分はこういうもやもやした話がけっこう好きなのである。
ただ、あんまりにも曖昧模糊としてるんで、中身、特にキャラクターについて詳しく触れることについては非常に難しいんですよね。アプローチの仕方が見当たらない。たとえば、ユキムラという人はなんだったのか。物語の中での位置づけとかね。説明をでっち上げようと思えば出来るんだろうけれど、なにかどう書いてもそれこそでっちあげにしか自分で思えなさそうなのだ。言葉にすると嘘っぽくなってしまう。彼なぞ、特に感覚的に捉えるべきキャラクターなのだろう。彼のような刹那的で儚い人物は、あるいは同じく存在として刹那的で儚く在るイヴたちの身代わりになったのかもしれない。感覚的な部分で。
兎にも角にも、ダイレクトに印象に残っていくような話だった。次回作も、これは手を出さないと気になって仕方なくなりそう。その意味では癖になってるか?