スワロウテイル人工少女販売処 (ハヤカワ文庫JA)

【スワロウテイル 人工少女販売処】 藤真千歳 ハヤカワ文庫JA

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男女別に生活する人間達に奉仕する人工妖精の、愛と苦悩を描いたヒューマノイド共生SF
〈種のアポトーシス〉の蔓延により、関東湾の男女別自治区に隔離された感染者は、人を模して造られた人工妖精(フィギュア)と生活している。その一体である揚羽(あげは)は、死んだ人工妖精の心を読む力を使い、自警団(イエロー)の曽田陽介と共に連続殺人犯"傘持ち(アンブレラ)"を追っていた。被害者の全員が子宮を持つ男性という不可解な事件は、自治区の存亡を左右する謀略へと進展し、その渦中で揚羽は身に余る決断を迫られる――苛烈なるヒューマノイド共生SF
かつて電撃文庫から異色のSF【θ(シータ) 11番ホームの妖精】でデビューした藤真千歳さん。それからしばらく音沙汰なくどうしたのかと思っていたら、二作目が出てきたのがなんと国内SFの総本山ハヤカワ文庫からでした。これは、本格的にSF路線で行くんですね。
情報の開示の仕方やその演出などにやや拙い面が見られて、上手く話として整頓されていないきらいがあるものの、自分の書きたいものを詰め込んだ、という意味ではやりたい事はやれてる感じだ。果たして、伝えたい事を伝えきれたという事については満足出来ていないかもしれないけれど。
SFって究極のところ、世界をどう愛するのか、世界にどう愛されるのか、という話なんじゃないかな、なんてことをふと思った。サイエンス・フィクションというからには、描かれる内容というものは科学的見地に基づいた空想を下地にするフィクションな訳だけれど、不思議と気合入ったSFほど、そこで描かれるのって人類という種そのものの事であり、すなわち人類に対する愛情だったりするんですよね。
この【スワロウテイル】も、例外にあらず。
人類によって造られた人工妖精たち。人に奉仕し、人を慰め、人とともに寄り添い生きるために造られた心と魂を持つ人形たち。彼女ら彼らは、あたりまえのように人間に対して愛情を抱き、人に尽くし、健気に献身的に人の為に在ろうとするのですが、それは「そう造られた」から、機能としてそう振舞っている……そういう訳ではないのです。人間たちが試行錯誤して創造した人工妖精の四属性からなる心のカタチは、決して偽物などではなく、切ないまでに人に近しく、人よりも純粋なのでした。それが切実に描かれたのが、二部の元から未来を持たなかったはずの妖精と少年との物語であり、人の手で創りだされながら何一つ持たずに生まれてきた揚羽という「落ちこぼれ」の妖精の人間らしさであったのでしょう。
人は愛されるに足る存在なのか。種といての斜陽を迎え、滅びの道を歩んでいる人類を、妖精たちはそれでも愛してくれる。造られた、しかし本物の心のそこから、好きだといって寄り添ってくれている。人類が自分たちに抱いている絶望に、卑下に、この子たちは首を横に振ってくれる。貴方たちは、自分で思っているよりもずっと優しい生き物だと。そう言ってくれるのだ。
人間たちは、果たして彼女らのそんな献身的なまでの思いを、信じてあげられていたのだろうか。妖精たちに縋りながらも、この子たちを作ったのが自分たちである以上、罪悪感ややり切れなさにどこかで打ちのめされていたのかもしれない。人を愛するように作られたから、愛してくれているのだと。その疑念は、この子たちにあるはずの心の存在そのものへの疑念となってしまう事にまた後ろめたさを感じながら。
だから、揚羽の存在は、何も持たず何も出来ない妖精として生まれたが故に、何の制約も持たず思うがまま自由になんでも出来る、無限の可能性を秘めた無地の存在、まるで人間のような揚羽の存在は、新たな乱数を持つ存在という意味以上に、人類の未来にとって救いとなる鍵のように思えるのです。
揚羽は、人に対しても制約を持ちません。妖精が生来持つはずの原則を有さず、人類を否定的に考えることに対して機能が妨害することもなく、やろうと思えば人を殺すことすら出来る。
実際彼女は人類の在り方に疑問をいだき、その不器用さに不満を抱き、時に憎悪し怒り恨むという感情を滾らせながら、しかしその上で人を愛してやまないのです。誰に強制されたわけでもなく、まっさらな心に芽生え育まれてきたものは、人間への圧倒的な好意でした。なおかつ、人とのふれあいの中で彼女はこんなふうに思ってくれるのです。
「生まれてきて良かった」と。
人が作り出したものが、心からそんな風に思ってくれる。これほど、掛け替えのない救いはないんじゃないでしょうか。
彼女が人を肯定してくれている限り、人は自分たちを否定せずに済むように思えるのです。

揚羽自身、決して報われるような幸せな人生を歩んでいるわけではありません。理不尽にさらされ、何事もままならず、自分の使命と決め込んでいたものを見失い、幾度も途方にくれてしまいます。それでも、ささやかな幸せを至上のように堪能し、僅かな救いに心を慰め、愛する人達に愛されている事を喜び、宝物のように抱え込むのです。そのひたむきで健気な姿には、この子にはもっと報われて欲しいという願いが募るばかりでありました。揚羽当人は飲み込んで気にしまいとしているようですけれど、多くの人に認めてもらえた事実に歓喜し満ち足りているようですけれど、けれど彼女にはもっと幸せになって欲しかったなあ。ささやかな夢が一刻だけ叶う、んじゃなくて、それが恒常の幸せになるように。
もし続編があるのなら、そういう平凡で俗っぽい幸せにまどろむ彼女の姿があることを願うばかりです。