桃の侍、金剛のパトリオット (メディアワークス文庫)

【桃の侍、金剛のパトリオット】 浅生楽/鳥羽和博 メディアワークス文庫

Amazon

 1900年、清朝末期の中国で、魔神の「金剛力」を秘めた子を産む運命を背負う「桃源公主」が産声をあげた。「香桃」と名付けられた彼女は、神秘教団「義和団」の村で育つが、彼女を狙う清の将軍袁世凱の軍が村を襲撃する。だが香桃は村に潜んでいた旧長岡藩士鬼頭周蔵の機転で日本に亡命した。
 時は流れて1914年、浅草で占い小屋を営む書生、宇佐美俊介のもとに侍装束の少女が現れ、彼の占い札に妖力が宿っていることを告げる。彼女の正体は成長した香桃だった――。
 日本近代、辛亥革命、そして世界大戦――激動の極東に渦巻く謀略の最中に繰り広げられる歴史伝奇浪漫!
金剛のパトリオットっていったい何事!? とこのタイトルを目にしたときは面食らったものだが、なるほどそっちのパトリオットか。パトリオット、あるいはペイトリオットというと湾岸戦争でスカッドミサイルを迎撃し、現在日本でも導入されている地対空ミサイルシステムが一番に思い浮かぶのですが、こちらのパトリオットは、ミサイルシステムの名称の語源となった「愛国者」という意味で使われていたのでした。
そりゃ、今の日本じゃタイトルに「愛国者」だの「愛国心」だのがついてしまったら胡乱な「主義者」の本と捉えられてしまうものなあ。逆に言うとね、「愛国者」という言葉に生理的に過剰反応してしまう今のこの国のいびつなカタチをこのカタカナを用いたタイトルが表しているとも言える。そりゃ戦前戦後を通して自称「愛国者」の胡散臭く胡乱で下卑た在り方は単語そのものに悪印象を刻んでしまうに仕方のないものだったのだろうけれど、それが高じて「国を愛する」ことそのものに対してこの国の国民は忌避感や恥ずかしさ、いたたまれなさを感じるようになってしまった、あるいはそう教育されてしまった。国を愛することは悪なのか。否、悪いのは国を愛すると標榜して自身の欲望や自尊心を満たそうと汲々とする個々の輩の心根であって、決して自分の住まう国を好きでいる事は悪いことではないはずなのだ。
この物語は、維新の志士たちが過去へと過ぎ去り、新たな時代に生まれ先人の背中を見て育った者たちがぶつける先も見つけられないまま志を持て余す、そんな迷走の時代で自らの国を愛する事とは、本当の自由とは何かを老若男女が心底をさらけ出してぶつかり合い、互いの不明を喝破しあう、そんな壮士たちの物語である。
とは言え、そんな堅苦しい話でも格式張って背伸びした小難しい話でもない。むしろ、小気味のよいキャラクターたちが織り成す痛快な剣戟活劇であり、清々しい心根と気持ちの良い生き様がぶつかり合うことで、鬱積した想いや閉塞が見事に打ち破られ、背中をバンと叩かれ押されたように目の前が開けるような、そんなスカッとする物語だ。
ちょいとひねくれ世を斜めに眇め見ている青年俊介と、頑固で短気で肩肘ツッパて武士道に拘りながら、生真面目で自分が間違ってると思ったらすぐに頭を下げられる素直さを持った美少女剣士香桃。二人を中心に織りなされる丁々発止がまた面白いんだ。モモちゃん、案外デレるの早くて可愛かったですし。ただ、ツンデレ具合についてはむしろモモよりも、山縣有朋のクソジジイの方がよっぽどツンデレだったんじゃないかと思うんですがw
あの明治の大妖怪山縣有朋を、こんなふうに描いたのは珍しいなあ。私はやっぱり一般的な見方通りこの人は俗物にして国のあり方を過たせた元凶の一人だと思うのですが、このように国を愛し、民を愛し、不器用で憎まれ役を引き受けて悦に入ってる頑固爺、というキャラクターは美味しくて好きなんですよね。鬱陶しいですけど(笑
国と民の為に身を粉にして尽くしている良き人物として描かれてはいるのですけれど、面白いことに全部正しいとは描かれてないんですよね。そこに良心や公共心、熱意や真っ当な愛国心があったとしてもやり方として正しい部分もあれば間違っている部分もある、失敗してるところもあるし、逆効果になってるところもある。何より古臭い! と真正面から明治の大元勲を叱り飛ばすようなシーンもあるんですよね。その叱り飛ばす人がまた凄いというかかっこ良くて愛嬌のある女性なんですよね。あの大人物に対して黙って拗ねてんじゃねえ、言うべきことはちゃんと言わないとわかんないでしょうが、伝わんないでしょうがこのばかちん!(意訳)という趣旨のことを真っ向から叱り飛ばすんですから、もう痛快の一言。そして目を白黒させて「うむむ」と唸るご老体がなんともキュートで、このシーンからご老体の印象がだいぶ変わったんですよねえ、うんうん。
結局、この作品で一番凄かったのって何の力も身分もないただの一般人の女性に過ぎないさとさんだったんじゃないかしらw

舞台が1900年代の日本ということで、前作から随分と違う方面へとスライドしてきたな、と思ったのだけれど、読んでいくと実は物語の一番重要な設定部分は何もスライドしていなかった事がわかる。激動の極東史という分野に足を伸ばしながら、ちゃんと前作同様にあの濃ゆい西洋隠秘学の話は引き継がれているんですよね。まだ、そちらには詳しく踏み込んでいませんけど、一番大事なところに据え置かれているので何れ必ずそちらにもはまり込んで行くはず。
モモちゃんのヒロイン度のレベルの高さといい、彼女に限らず脇に到るまで何気にキャラ立ってる登場人物たちといい、何気に電撃文庫からでた前作よりもライトノベル寄りな感じもするのですけれど、主題がなかなかハードというか、小難しくしていない、どころか非常に軽妙に明快に伝わりやすく描いているけれども内容は襟を正したものであっただけに、やっぱりメディアワークス文庫向け、なのかなあ。
何にせよ、思いの外活劇としても論談としてもキャラクターものとしても完成度高くて、面白かった。ぜひ、続きを所望。