まおゆう魔王勇者3 聖鍵(せいけん)遠征軍

【まおゆう魔王勇者 3.聖鍵(せいけん)遠征軍】 橙乃ままれ/toi8 エンターブレイン


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世界を闇で覆いつくさんとして人間の世界に侵攻してきた魔のモノたちを率いる魔王を、光の勇者が討ち倒す。そんな在るべき世界の形を、魔王と勇者が手を携える事で変えようとはじまったのがこの物語でした。
とはいえ、魔王と勇者が結びついた事は人間にとっても魔族にとっても裏切りであり、人間と魔族という両存在は不倶戴天の敵同士であるという価値観は揺るぎないものだったのです、これまでは。
そう、この三巻、忽鄰塔の大会議で起こった出来事は、そうした価値観を粉微塵に打ち砕く、衝撃的な革命でした。
ここは、ウェブ版で読んでいたときには本当に衝撃だったんですよね。ショックだったとすら言ってもいいかもしれない。なにせ、魔界における主要な氏族が集い魔界の方向性を決定づける忽鄰塔の大会議に新たに加わる事になった氏族が、あれですもの。この物語が常識をひっくり返す為のシロモノと承知していながら、それでもどこか固定観念に囚われていたのでしょうな。火竜公が連れてきたあの人が、新たな魔界の氏族を名乗った時には頭をハンマーでぶん殴られたようだったのです。そして、直後の起こった魔王の一時的な退場劇により発生した、魔界の意思決定権の、魔界の民の代表者たちによる会議への移行。「議会」が生まれた瞬間である。
まさに此処から魔王と勇者の結びつきによって生まれ、彼らの薫陶や影響を受けて種となり、己が見たいと願う世界のために動いていた人々の働きによって密かに進行していた世界全体のパラダイムシフトが、誰の目にもわかる形で起爆していくのである。
世界全体が、怒涛の勢いで再編されていく。
それは、保守であり既存の価値観を守ろうとする勢力をすら、以前のままの姿で在る事を許さない。旧来の魔王たる権威を取り戻そうとする蒼魔族と、既存の権益である人間の思想を守ろうとする聖教会勢力。その本来なら人間と魔族、不倶戴天の敵同士の主体とも言うべき両勢力が利用しあうという間柄とは言え手を結び、同じ魔族を、同じ人間を打ち払おうとした姿からも明らかであり、聖王国の王弟元帥がマスケット銃の運用を基軸にはじめた軍事革命が、中央集権化や産業革命へと至る萌芽となろうとしている一事を見ても、彼ら自身の意識は別として、新たな価値観の担い手となろうとしていることがわかる。
故にこそ、これは一見古い価値観と新しい価値観の衝突に見えるものの、実質的には方向性の対立へと移行しつつあるのでしょう。
既に、世界の方向性は魔王と勇者の制御の手を離れてしまいました。でも、彼らが蒔いた種は芽吹こうとはしており、それぞれが目の前の困難を打開しようとすることで中世の闇を切り開こうとしているものの、まだ足りないんですよね。世界を担う意思が足りない。目的意識、あるいは丘のむこうに何を見たいと願うのか、という未来像を持つことかもしれない。それを持ち、担い、目指そうとしているのは、まだ勇者と魔王のふたりだけなのです。パスファインダーたるものが居ない、足りない世界を待ち受けているのは混乱であり、混沌だ。明快な意思と思想に基づいた先導のない急激な変革は、創造よりも破壊を多くもたらしてしまう。そこには、魔王が恐れるカタストロフが待ち受けている。
だからこそ、この巻において一番重要な動きをみせているのは、他の誰でもない メイド姉 なのである。
誰もが目の前の壁に汲々とし、魔王と勇者の二人ですら押し寄せる波を切り払うのに必死な中で、彼女だけが一人先をみつめようとしている。まだ何も見つけておらず、何も見いだせず、漠然とした思いを胸に探し求めて大陸を放浪しているだけですが、実のところ彼女が一番先頭を歩いているのです。それを、近い将来読者はまざまざと見せつけられることになる。
あるいはもう一人、魔王と勇者以外ではもっとも早く「丘の向こう」を意識し始めた「彼」が、メイド姉に続いていると言ってもいいかもしれない。
経済的にもはや離れがたいまでに結びついた魔界と南部諸国の現状を、正しく政治が拾い上げ誰の目にも明らかな形で現れだした大変革。世界の構図は魔族対人間ではなくなり、しかし血で血を洗う戦乱の広がりは留まるところを知らず、新しい世界は産みの苦しみを迎えている。破滅か、あるいは新生か。第四巻のサブタイトルは「この手でできること」。何を求め、何を成すのか。随分と多くのキャラクターが跋扈するようになったけれど、次の巻ではそれぞれが求める世界を垣間見ることが出来るはず。そして、それこそが新しい世界を導くのだ。

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