イスカリオテ〈7〉 (電撃文庫)

【イスカリオテ 7】 三田誠/岸和田ロビン 電撃文庫

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罪と罰のアイロニック・アクション、感動の完結編!

 人類を破滅に導く、〈反救世主〉によって開かれた『門(ゲート)』。イザヤは身を呈してそれに対抗し、世界には平和が訪れた。しかし、そこではイザヤの存在は人々の記憶から失われていた。
 例外的に記憶を留めていたノウェムは、ある日駆逐されたはずの<獣(ベスティア)>と遭遇する。しかも、それはノウェムにあることを囁きかけ──。そして事態は再び動き始める。
 はたしてイザヤの戦いの真実とは、そして真の最終決戦とは!?
 断罪衣(イスカリオテ)使いたちの物語、堂々完結!
そして期待は裏切られなかった。
これは既に終わってしまった英雄譚のあとの、一欠片の後日談。ただ一度の本当の奇蹟の物語。
これを読んでふと思い浮かんだ作品があるんですよね。ニトロプラスから発売されたゲーム【ハローワールド】における、友永和樹と友永遥香のラブストーリー。
キャラクターの性格も出自も違うし、そもそも物語の形がまったく違う。違うのだけれど、生き物から生まれたのではない作られた存在同士の間に芽生え育まれた、人以上に人らしい愛情のカタチ。人と人造物との恋愛というものは決して珍しくはないのだけれど、人造物同士の愛の物語というのはやっぱり稀少なんですよね。こういう話を見てしまうと、愛というものは決して人間の独占物ではないのだと、感動と安堵を覚えてしまうのです。ノウェムのような存在が生まれ、イザヤのような存在と愛を育むことが出来るというのなら、いつかきっと人類は人という種の後継者を、友でもあり子でもある存在を得る事が出来るのではないでしょうか。
生命を弄ることは神の領域を犯す大罪であるという考えがあり、この作品でもカルロが行った行為は聖職者として許されざる罪だと語られます。イザヤのみならず、ノウェムだって見方によっては生命の冒涜以外の何者でもないでしょう。でも、罪によって生まれた子たちに尊い魂が宿り、生きて人とつながることの素晴らしさを讃える者になれたとしたら。
この心やすらぐ、穏やかな結末はまさに祝福された希望の物語だったように思います。

しかし、これを並べて後日談、と言い切ってしまったのはすごいなあ。確かに、世界の救済という意味での物語は前回で終わってるんですよね。だから、ここで描かれているのは戦いの果てに残ってしまった各々の悔いを晴らす為の後日談なのである。あのバビロンの大淫婦と瑠璃が報われたのはよかったなあ。報われたというと語弊があるかもしれないけれど、彼女たちはそれぞれにちゃんと決着をつけれたように思う。あの清濁併せ飲めるようになった瑠璃は、もう無敵なんじゃないかしら。
それにしても、万事に万事、ノウェムがカワイイというおはなしでした。感無量。

三田誠作品感想