彼女は戦争妖精8 (ファミ通文庫)

【彼女は戦争妖精 8】 嬉野秋彦/フルーツパンチ ファミ通文庫

Amazon

わたしの好きな伊織くんへ。

さわから譲り受けた"妖精の書【レボル・シオグ】"とともに、無事帰還した伊織たち。岩手での戦いを経験した伊織は、なるべく常葉を戦闘から遠ざけるよう、自分とクリスだけで、襲いかかる"鞘の主【ロード】"を返り討ちにしていく。そんな伊織の優しさに、常葉は喜びと不安を感じていた。一方、ついに現れた六人目の"吟遊詩人【ミンストレル】"シリー・ウォーク。他の"吟遊詩人"たちとの対面を済ませた後、薬子に接近した彼の目的とは!? 近づく終局、交錯する心。人気シリーズ第8巻。

今回ネタバレ抜きに書くのはどうやっても不可能だったので、下に収納。思いの丈をぶちまけてます。







……言葉もない。言葉にならない、と言ったほうが正確かもしれない。すごいな、これ。あらすじ読んだ時から不穏なものを感じてたから、ある程度覚悟を持ってページを開いたつもりだったんだが、まさか冒頭、プロローグからあんなものを読ませられるとは思わなかっただけに完全に不意打ちを受けた。プロローグ、読んでて最初意味がわからなかったもんなあ。いや、それも正確じゃないな。理解しようとするのを自分が受け付けなかった、と言っていい。一瞬とは言え、こんな風に自分の頭が理解を拒もうとするなんて現象を味わうなんて、思いもよらなかった。
それだけ、それだけショックだったのだ。
そこで描かれていることの意味を理解したとき、ただ呆然とするしかなかった。忘我の思いで、本編へと入っていくしかなかった。伊織が流した涙の感情に追いついたのは、最後まで読み終えたあと、もう一度最初へと帰ってきたあとになる。
この構成は、卑怯だよ。
そうだね。覚悟はしていた。でも、こんな形になるなんて、思いもしていなかった。私は、常葉という女性を全く以て見くびっていたらしい。彼女の強さも、女としての矜持も、恋する女性としての一途さも、何も理解してなかったのだ。そもそも、彼女が【鞘の主】の戦いに足を踏み入れた理由を思い返せば、彼女の「愛」というものへのスタンスは自明のものだったというのに。
どうして、などと問うことなど出来ない。それは彼女の覚悟なのだから。なぜこんな事になってしまったのか、と疑問に思うことなど出来ない。それこそ、彼女の愛情の深さがもたらしたものだからだ。伊織は決して何も間違っていなかった。彼の行動が常葉を追い込んだわけではない。彼女は決して、女として伊織に守られる事を良としなかった訳じゃないのだから。常葉は、女として伊織の思いを本当に嬉しいと思っていたのだから。
でも、伊織が常葉を想うのと同じくらい、いやそれよりももっと強く深く、彼女もまた伊織の事を想っていただけなのだから。
彼女の遺した手紙の内容、物凄いものでした。近年、これほど壮絶で自然体な女の矜持を示したものを読んだ事がありません。愛とは与えるもの、その言葉の偉を思い知らされたようでした。
だから、何も言えない。何も言葉を発せられない。でも、でも、哀しいんですよ。切ないんですよ。心が痛くて仕方ないんですよ。
だったら、泣くしかないじゃないですか……。
泣くしかないじゃないですか。
……今、書いててラストシーン、伊織とクリスが無言で言葉もなく声もなく抱き合って泣いていた事を思い出した。そうか、やっぱりそうだよな……。

嬉野先生も、スゴイ話書くようになったよなあ。昔は恋愛どころかラブコメっぽい事だって書こうとしていなかったのに。チキチキの第二期の頃からその傾向は変わってきましたけど……常葉に限らず薬子先生をはじめとして、この【彼女は戦争妖精】では、ライトノベルというフォーマットからは埒外と言っていいくらいの深い女の情念が描かれるまでになってきたわけで。昔から好きな作家さんでしたけど、印象変わるよなあ。
既に大人な薬子はともかくとしても、常葉のそれももう幼い子どもの恋愛からは明らかに逸脱してるんですよね。少女の殻を脱ぎ捨てて、完全に成熟した女としての情念へと至っている。そんな本物の女の矜持に対して、牧島さつきみたいな小娘が太刀打ち出来るはずもなく、今回恐ろしくみっともない羽目に陥ってしまってる。しょうがないといえばしょうがないんですよね。そもそも、この作品では子どもじみた甘ったるい恋愛ごっこは最初からdisられてしまっているんだから。まあでも、ここまで最初から最後まで袖にされ続け、完膚なきまでに恋敵に打ち倒され、醜態を晒してしまったヒロインも居ないよなあ。可哀想とも思わないけど。

むしろ非業は薬子先生の方に感じるかもしれない。「女」として愛に殉じることのできた常葉とも違い、彼女はむしろ「女」になれなかった、と言っていいのかもしれない。ついに告白された彼女の思い、彼女の求めていたものを見たとき、そう思いましたよ。彼女は結局、子供であり娘であり妹である自分を選んでしまった。故にこそ母を助けようとし、憎い父に復讐しようとし、自分に幸せな時間をくれた宮本康頼を父のようい慕い、自分を守ってくれた頼通への愛情を、兄としてのものへとしてしまった。それを、今に至るまで引きずってしまった。チャンスはきっと、頼通と関係を結んだあの時だったのでしょう。あの時、エルクと出会い、ロードとしての戦いへと踏み込む事がなかったら、もしかしたら薬子も頼通もお互いに一歩踏み込み、ただの女と男になれたかもしれない。あの時、間違いなくそんな雰囲気はありましたもの。でも、薬子はその一歩を、頼通から遠ざかる方へと進めてしまった。薬子の兄への思慕と自分への思いの形を知っていた頼通も、そこで追いすがることもなく距離を置いてしまった。すれ違いですらない、縁の切れ目。それが今、こんな歪な形で精算を迫られている。彼女、そんなに悪いことをしただろうか。彼女もまた、自分の想いに殉じようとしているだけなのに。どこか、憐れさばかりが募ってしまう。

結局のところ、伊織にとって何もかもがあの男に起因し、あの男に苦しめられる事になっている。決して、彼にはそんなつもりはないのに。むしろ、生前よりもあの男は自身の罪について理解し認めているようだが、こうなってしまってはもう引き下がれない。なんて、酷い話なんだろう。

此処に来て、ようやくクリスたちウォーライクの正体、吟遊詩人たちの役割、楽園の在り処、この戦いの真の意味が明らかになったのだけれど……そういう事だったのか。なるほど、それならミンストレルたちが戦いに直接介入しないようにしていることも、あのチビ姫が執拗に死の蛇を忌避していたのも納得出来る。それでも、残酷なシステムだよ。必要性はわかっても、なぜこんな蠱毒みたいな形にしなきゃならないのか。

今回、せめてもの救いは健二とマハライドが生き残れた所か。この二人の先行きこそ、尤も光が無いと思われていただけに、本当に良かった。

次でこの物語も最終話。楽園の正体が明らかになった今、果たしてどういう形で決着がつくのかわからないけれど、あとがきにある大団円という言葉に縋りたい。
今回はホント、物凄かった。

嬉野秋彦作品感想