深山さんちのベルテイン 2 (GA文庫)

【深山さんちのベルテイン 2】 逢空万太/七 GA文庫

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 季節はうつろい夏となった。
 夏といえば、七夕、祭り、そして海! プールもいいけど、やっぱり海!! ということで海辺へとやってきたベルテインと琥太郎たち。
「ベルさん、海に入って大丈夫なの?」――風呂場でも溺れるのに。
「うう……残念ながら無理であります。本来ならベルはシャチの速度、ウナギの適応力、タコの柔軟性を併せ持った泳ぎができるはずだったであります、できるはずだったであります」ってどんな泳ぎ方?
 ――などと海辺ではしゃいでいたら、なんと琥太郎が初ナンパされちゃって!?

 あの邪神たちもちょっぴり這いよった、ゆるふわ日常ショート・ストーリー第2弾!
よし、ここは発想を転換してみよう。
理々はね、もう琥太郎を男らしくしようというのは諦めた方がいいと思うんだ。この子、明らかに中身は女の子そのものだもの。そして当人も自分を男だとは思っておらず、たまたま肉体は男として生まれたけれど、本来の人格は女性であると認識している。基本的にどれだけ女らしくても自分が男という自覚のある今日日の「男の娘」とは、そこが根本的に違う。性同一性障害と見るのが一番自然だと思う。
そこを無理やり男らしく、とするは非常に無理があると思うんですよね。
そこで発想の転換である。
女だっていいじゃない!!
琥太郎の様子を見ていると、中身が女の子だからと言って別に異性の男に興味があるって風でもないんですよね。しかも、ベルさんの誘惑にある一定の反応が見られることを鑑みると、普通の男の子みたいに女性の体に興味は無くても、色っぽい雰囲気で迫られたらドキドキ興奮してしまうような所はある。これは、百合の素養あり! と見てもいいんじゃないでしょうか。そう、理々はもう琥太郎が男だなんだと拘らなくたっていいのですよ。女の子同士だっていいじゃないですか。男としての対応を強要すると反発する琥太郎も、その辺むしろ「百合なんだよこれは!」という風に押すと「え? それならいいのか?」と流されてくれそうじゃないですか。
そして表向きは琥太郎は体も戸籍も男なわけですし、社会的にも何の問題もないわけで、いっそ自分が男に性転換してしまうかと思い詰めるまでに至ってる理々としては万々歳じゃないですか。
まあでも、琥太郎と理々と耕平の幼馴染三人組の関係なら、理々は無理しなくても収まるところに収まるように徐々に何とかなりそうなものなんですけどね。
というわけで夏休み。学校がないとむしろ幼馴染である理々と耕平と過ごす時間が増えているのが面白い。琥太郎のプライヴェートな時間や空間には自然に理々と耕平がいるんですよね。将来、三人が別れ別れになってしまうことがあるのかもしれない、なんて琥太郎が感傷に浸るシーンがあるのですけれど、その心配は必要ないでしょうね。たとえ彼らが社会人になって、住む土地すら変わってしまったとしても、彼らが疎遠になることは絶対無いですよ。必ず今まで通りの関係で居られるはず。それを既に実証してくれているのが、琥太郎たち三人の母親たちなのです。
よく親どうしが友達同士、という関係が幼馴染ではよくありますけれど、本当に若い時代の様子が容易に連想できるような親同士の関係ってあんまりないんですよね。それこそ、前シリーズで彼女ら母親たちが主役の学生時代の話があったんじゃないか、と思えるくらいに、理々たちのお母さんたちの仲の良さというのには歴史というか実感が伴っている。分かりやすく同い年じゃなくて、耕平の母親が後輩で、理々の母親を先輩先輩と昔のまま慕って懐いている様子が、過去との連動を想起させることに拍車をかけてるのかもしれないなあ。
そして、彼女ら同士の仲の良さはそのまま親友の子供たちにも向いていて、彼女たちは自分以外の子供たちも自分の子供と呼んで憚らず、同じだけの愛情を以て接してくれているのです。普通に言う家族ぐるみとは全然違うんですよね。彼女らの意識には自分の子どもの幼馴染、というワンクッションおいたものが本当に一切なくって、別け隔てのない愛情が惜しみなく注がれているのです。三つの家庭に壁がないんですよ。それこそ、三家族はまるまる一つの大家族、みたいな雰囲気が特別でも何でもなく普通に流れているのです。
だから、理々のお母さんが理々を介さずに、琥太郎や耕平と個別に気安い二人きりの時間を過ごすのも日常のようにありますし、耕平のお母さんが琥太郎を捕まえて、一緒に娘と買物にいくみたいに服を買いに言ったり、という風景も当たり前。
前回出番の少なかったお母さんたちが、そのうっぷんを晴らすみたいに沢山出張ってたのは良かったし嬉しかったなあ。【ニャル子さん】の方でもそうなのですけれど、この人の描く子供を見守る母親の距離感の描き方が大好きなんですよね、私。それが今回お母さん二人もいらっしゃるわけで。もう、琥太郎のお母さんも単身赴任から帰ってきても全然問題ないんじゃないのかな。別に琥太郎母が戻ってきてもベルさん不要になるわけじゃないでしょうし。とは言え、離れていても離れているなりの母との交流のお話もちゃんとあってほのぼの。でも、これって完全に母と娘って感じだよなあ。琥太郎ママ、琥太郎の男としてのアイデンティティを取り戻すためにベルさんを送り込んだくせに、理々みたいにゃこだわってないのか。そりゃ、理々と違って切迫感はないわなー。耕平母と理々母は琥太郎は琥太郎だから別にどっちでもいい、というスタンスみたいだし。耕平母の場合はあれは可愛けりゃどっちでもいい、というレベルにまで達してそうだなw

そう言えば、愛すべき不良先輩は今回二回しか出番なかったなー。でもその二回だけでも偶然の遭遇に運命を感じてしまうッ! 理々の気持ちを考えると二人にはうまくいって欲しいと思いつつも、不良先輩となら許せるヨ!

1巻感想