B.A.D. 6 繭墨はいつまでも退屈に眠る (ファミ通文庫)

【B.A.D.  6.繭墨はいつまでも退屈に眠る】 綾里けいし/kona ファミ通文庫

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「君の依頼を叶えよう—————」

「なぜ眼球を抉るんだろうね?」平穏な日々を嘲笑うかのように繭墨【まゆずみ】あざかは問いかける。近隣を騒がす"目潰し魔"。そいつに眼球を狙われていると、チョコレートを囓りながら優美に語る。まるで危機感のない繭墨を急かし、事務所から避難させようとした矢先、傘を掲げたヤツが現われた。その紅く濡れた傘が僕の頬を掠めた瞬間、鋭い痛みが眼孔を貫き 僕の視界は血に染まり消失した。残酷で切なく、醜悪に美しいミステリアス・ファンタジー第6弾!
表紙の印象が今までと一変して純白を基調としたものになっていて随分と驚かされたのだけれど、よくよくこれまでの表紙を振り返ってみると必ずしも黒一色という訳じゃないんですよね。実際、2巻やチョコレートデイズでは背景が今回と同じく白色となっている。てっきり今までずっと黒っぽい暗い色調の表紙ばかりだと思っていただけに、なかなか意外でした。
まあ今回の表紙も清純そうに見えて何気に目を凝らすと、両手に眼球が乗っていたりとダークさは些かも減じていないのですが。中身の挿絵の方もそうなのですが、イラストレーターのkonaさんの絵は力があって好きだなあ。
小田桐くんは相も変わらず無様だ。醜悪で救いようのない人の邪悪を目の当たりにしながら、彼は人を救おうとするのを諦めない。そして、彼の手によって救われる人はいない。彼は誰も助けられず、いつもと同じように哀れな犠牲者にして加害者たちは彼の手からこぼれ落ち、無残な最期を迎えていく。誰も救われない、無明の結末を幾度も幾度も繰り返す。
小田桐くんは、これまでと同じく誰も救えない。
だが、小田桐くんは狐を助けたことをきっかけに、自分の無様で救いようのない生き様に、少なくとも迷いを持たなくなりましたね。無力感に打ちひしがれることはあっても、無力感に立ち上がれなくなることはなくなった。自分がこういう無様な生き方しかデキないことを悟り、自分があさましかろうと死ぬことを忌避し生きたいと願っている事を受け入れた結果、どれほど報われなかろうと結果を伴わなくても、むしろ逆に恨まれ呪われようとも、人を助けたいと願い思い、行動に出ることを躊躇わなくなった。自分を偽らなくなったと言っていい。
でもそれって、自分が幸せになることを諦めた、とも言えるんですよね。彼の選んだ生き方というのは、ひたすら自分の心を削り、打ちのめしていくだけで、自分も周りの人間も救うことができない、冴え冴えとうそ寒い生き方なわけです。彼自身、自分が他人を食い潰してしまう人間だという自覚がある。
小田桐くんが繭墨に拘るのは、彼女だけが雨香を孕んだ自分の腹を塞げる、という理由だけじゃなく、彼女の辛辣で容赦なく、肯定も認めもしてくれず、慰めも救いも与えてくれない冷酷なくらいの姿勢こそが、小田桐くんにとって安堵を与えてくれるからなのではないでしょうか。時として甘さや優しさは脆くなった心を余計に傷つけるものですから。それに、繭墨は小田桐くんの生き方を厳しく嘲るように見下しているものの、実は決定的に突き放しはしないんですよね。彼女は受け入れてくれないものの、常に手を差し伸べてくれている。
彼は幸せにはなれないだろうけれど、繭墨が居る限り孤独にはならずに居る事が出来るのです。

……ところが、そんな小田桐くんを再びあの人が見舞うのです。

水無瀬白雪、再臨!!

いきなり小田桐くん、フルボッコ。ボッコボコである。綾に対する七海といい、白雪さんといい、彼女たちの愛には鉄拳が溢れている。照れ隠しとかじゃなくて、マジ殴りだからなあ。女の子がグーパンですよ。容赦呵責もありませんよ。
ともあれ、小田桐くんを夫と慕う白雪さんの再登場である。一旦、小田桐くんが彼女の告白に対する断りの手紙を送って以来、音信不通でこれは縁が切れたのかなあ、と内心落胆していたのですが、やはりそんなやわな女じゃありませんでした。
一見フラレてもフラレてもしつこく詰め寄ってくる危ないヤンデレさん、と見えなくもないのですが、白雪さんはそんな安っぽい自分本位のヒロインなどではありません。もし、小田桐くんが普通に幸せをつかめるような健常の人だったとしたら、白雪さんももしかしたら大人しく身を引いたのではないでしょうか。
でも、彼は自分の幸福を諦めた人間でした。もう誰かを愛する事も思うことも「無理だ」と思っている、思い込んでいる人間でした。白雪さんは小田桐くんの救いがたい生き様を否定はしていません。好ましくは思っていないとしても、それが小田桐という人間の人となりだと受け入れている。でも、彼の生き様に伴う諦めだけは許していないのです。認めず、受け入れず、否定しようとしている。その考え方に激怒して、真っ向から立ち向かおうとしている。
異能の家に生まれ、生き方どころか考え方まで縛り上げられ固定されていた彼女が初めて得た心の自由。白雪が貫こうとしている想いに掛ける覚悟は、気高く誠実で、眩しいくらいに高潔でした。故にこそ、自分に自由を与えてくれた小田桐の心が自由を失うことを、彼女は決して認めない。
彼が不幸を受け入れることを、白雪は決して許さない。その決意表明こそが、あの宣言なのでしょう。たとえこの恋が実らずとも、想いが届かないとしても、彼女は自分の心に忠実に、また彼女なりにその生き様を貫くつもりなのです。
その強い純心は見惚れるほどに美しく、水無瀬白雪という女性は惚れ惚れするほどイイ女でした。
たとえその想いを受け取らなくても、小田桐くんは幸せ者ですよ。ただその一点だけで、彼の人生はただ不幸なだけじゃなくなったんでしょうね。
まったく、大した女性ですよ、白雪さんは。

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