羽月莉音の帝国 8 (ガガガ文庫)

【羽月莉音の帝国 8】 至道流星/二ノ膳 ガガガ文庫

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株式市場を使ってボロ儲けする究極の方法!
ロシア大統領プチロフは莉音に銃を向け、引き金に手をかけた。経済戦争になんとか勝利した俺たちは、誘拐された莉音の父・一馬を返してもらうため、手打ちをしにプチロフの元へ向かったのだが……。さらにはアメリカ有力紙の敏腕記者が革命部の資金繰りが火の車であることを嗅ぎつけて、その実態を明らかにしようと取材を申し込んでくる。目下の危機を回避するには数百兆円を捻出し、実態を隠し続けなければならない。相も変わらずガケっぷちな俺たちだったが、ついに究極の起死回生の手段を、なんと恒太が思いつく!
物凄いな。巳継が記者への圧力のかけ方って、完全に悪役の所業じゃないか。決して悪人でない主人公サイドが、ここまで黒幕として冷徹に権力を振るうというのは非常に珍しい。それも、単純に良心の呵責を抑えながら、というのとは少し違うんですよね。確かに、巳継は暗殺という非常手段こそとらなかったし、自分のやっていることが限りなく悪に等しいことだと自覚していたし、良心の呵責も感じていた。
でも、巳継は自分が悪を為している事の自覚はあっても、自分が一人の人間の運命、人生そのものを遥かな高みから指先ひとつで弄ってしまった事については疑問も不安も恐怖も抱いていないのだ。
もう、彼を含めた革命部の面々の感性からは、一般人の感覚は完全に消え失せてしまったと見ていい。彼らは正しく、権力者と呼ばれる人間になり、世界の趨勢を担うプレイヤーとして自らを確立してしまったのだ。
もう彼らは金のあるなし関係なしに、まともな生活を送ることはできないだろう。社会そのものを自分の意志一つで自由に操作し、他人の運命を正義も秩序も倫理も関係なく、自分の思惑一つで転がす経験を得てしまった。もう、一般人のように社会という枠組みに沿って生きる事など出来はしないだろうし、他人と対等に付き合うことなど絶対に無理だろう。もう、対等に向き合えるのはそれこそ自分たちと同じ立場にいる人間だけ。権力者と呼ばれる、力を持つ者たちだけなのだ。今となっては、海胴総次郎という闇社会のフィクサーだった男の生きざま、交友関係、そして巳継たちに向けた眼差しの意味がよくわかる。彼もまた、正しく権力者と呼ばれる存在になってしまった男だったのだろう。
ローザやカルバートの爺さんだって似たようなものだ。物分かりよく友好的で優しく温厚。そうした性格、人間性は偽りのものではないはずだ。でも、彼らは同時に自分たちが世界を動かす事に疑問を抱く余地を持たない。力を使うことに恐れを抱かない。多くの人間の運命を自分の決断一つで左右することに義務感すら抱いている。それが、権力というものを担ったものの責任だとでも言うように。
そんな彼らの、普通の人間が決して辿りつけることがなく、垣間見ることもないだろう地平を見渡せる高みへと、巳継たちも至ってしまったのだろう。彼らが、一般人の持つ価値観を通して見る世界や日常に、関心や興味を失い、それらに意味や価値を見いだせなくなっているのがその証左と言っていい。
彼らが以前と変わらずに持ち続けているものは、同じ革命部の幼馴染たちへの親愛であり、同じ戦場で戦ってくれた戦友たちへの友情だけだ。そして、恐るべきことに彼らは世界を変革する原動力として、その身内への絆と愛情だけを依り代としている。
正直言って怖い。世界が、身内への愛情だけを至上とした僅か数名の理想家たちの手によって、地べたを這いずる普通の人間の価値観からかけ離れてしまった個人たちによって壟断されようとしていることが。
これは、人類という種の叡智が導く社会の進化なのか? それとも、人類を置き去りにして、或いは箱庭に囲い込み、飼育しようという上位互換種の誕生なのか。もし、これで人類が新たなステージに立ったとしても、それは人類種全体の勝利や進化じゃない気がするのです。このまま世界が変わったら、人類はハーメルンの笛吹き男の吹き鳴らす笛の音につられてパレードに加わった愚かな子供たちと何も変わらないんじゃないのか? 
革命部の目論みも知らず、歓声をあげながらお祭り騒ぎではしゃいでいる一般大衆の様子を見ていると、なんだか軽く絶望感すら浮かんでくる。自分が、その一般大衆側の人間だからだろうか。そもそも、人類の歴史とは人類社会全体の叡智や努力の結果ではなく、少数の選良者の壟断によって常に構築されて来たものである可能性を実感したからだろうか。
この作品、素晴らしく面白いんだけれど、気楽に面白がってられないんだよなあ。楽しさと同時に妙な虚無感に襲われて、ややも疲弊してしまう。人生における誰もが味わう苦労や苦悩って、ときどきほんとに無意味なものなんじゃないかと薄ら寒くなるよね。

巻末に掲載されているおまけの、現代の暗殺事件あれこれ。こういうの、改めて見せられるとマジ怖いっすね。表にでない裏の事情って、どこまで黒く根深いものなんだろう。知りたいような知りたくもないような。

シリーズ感想