彼女は戦争妖精 9 (ファミ通文庫)

【彼女は戦争妖精 9】 嬉野秋彦/フルーツパンチ ファミ通文庫

Amazon

望んだものは――。

半年前、あの荷物を受け取っていなかったら。余計な同居人にも、襲いかかる刺客にも悩まされることはなかっただろう。恋をすることも、その相手を守るために人を斬ることもきっとなかっただろう。それまでのように、ひとり静かな毎日を過ごせていたに違いない。しかし――それでも伊織【いおり】は思う。自分とクリスは出会うべくして出会ったのだと。たとえ向かう先が"妖精の書【レボル・シオグ】"の残酷な導きだとしても、必ず家族を守ってみせると――。伊織とクリス、最後の物語。
彼女は戦争妖精も、これにて完結。でも、本当の意味での終わりは既に前巻で伊織とクリスが抱きあって泣いた時に終わり果てていたのだろう。
ここで描かれたのは伊織とクリスを戦いへと導いた因縁との決着であり、因果の後始末。長い長い、エピローグに過ぎない。
そう、後始末だ。
自縄自縛に陥った哀れな薬子先生を解き放ち、伊織を苛むあらゆる原因となった男との関係に蹴りを付けるための。

結局、伊織は父親と理解し合うことはついになかった。幼い頃から母親を捨てて自分の研究にかまけた挙句に失踪してしまった父親を恨み、憎み続けた事が今の人格を形成するに至った要因とも言っていい伊織だけれども、彼の父親への憎悪というのはこうしてみると全然的外れではなかったんだな。
過去編で宮本康頼という男は自分の研究にしか関心がないろくでなしとして描かれていたが、吟遊詩人のシリーウォークとして蘇った彼の知的好奇心に基づいた行動は、ろくでなしどころじゃない、自分の興味のためには自分を慕ってくれた娘を利用し、自分の家族を苦しめ、息子を殺めようとすらする本物のクズでしかなかった。最後の最後まで、同情も共感もいっさい湧かない、本物の下衆野郎だった。
伊織と彼の闘争は、本来なら父子が争わなければならない、という葛藤が介在して然るべきなのに、伊織にも、弟である頼通にも、シリーウォークを倒すことに、殺すことに一片の躊躇いも生まれないんですよね。そして、読んでいるこっちもそれに疑念を覚えないほどに、シリーウォークは伊織とその家族を脅かす敵でしかなかったのである。憎むべき、此処で討っておかなければならない怨敵でしかなかったのだ。
薬子先生の道を過たせ、エルクに辛すぎる決意を抱かせ、何より同志としての常葉先輩とリリオを永遠に失わしめた仇として。
彼がシリーウォークに止めを刺すシーンには、思わずため息を付いてしまった。仮にも、父親と息子である二人の決着である。それがこんな一片も気持ちも心も交わらない冷たいものになってしまうなんて、どうにかならなかったのだろうか。とは言え、伊織には何の非もない以上、父親のクズっぷりを恨むしかないのか。本当に、伊織にあんな残酷な顔をさせたこの男には、恨みつらみしか浮かばない。

父親との因縁を振り切り、「死の蛇」としてミンストレルに狙われる事もなくなった伊織だけれど、今後も楽園を目指さない以上、常に他のウォーライクに狙われ、戦い続けなければならない。かつて、終わりのない戦いの日々に、たまに死にたくなるとまで漏らしていた伊織の気持ちを唯一共有してくれ、支えてくれるはずだった常葉先輩は、戦いに敗れ書をめぐる戦いの記憶を失ってしまった。
それでも、伊織はこれからも死に心惹かれる事無く、クリスを守り続ける事が出来るのだろうか。
出来ると信じたい。
戦いの記憶を失ったとはいえ、常葉先輩は大事な想いの記憶だけは失わずに、彼を愛して寄り添ってくれている。支えには、クリスがなってくれるだろう。幼いながらも、彼女は、常葉とリリオの為にいっしょに涙を流し、ともに仇を討った戦友同士だ。今の伊織とクリスなら、もう死にたくなるなどという弱音をこぼす事もないはずだ。

むしろ心配なのは薬子先生の方だけれど……エルクの献身を思えば、彼女にはなんとか幸せになって欲しい。幸薄く、それが故に自分からさらに報われない道へと進んでしまった彼女だけれど、その弱さは責められないもの。頼通叔父とよりを戻さなかったのは寂しいけれど、仕方ないんだろうなあ。過去にどれだけひかれあっていても、もしかして今もひかれ合っていたのだとしても、切れてしまった男女の仲というのは元には戻れない。あの時、薬子が決別を申し出た時が、引き返せないターニングポイントだったんだろう。

心の慰めは、やっぱりマハライドと健二の二人である。ウォーライクの戦いの運命から地力で抜け出し、自分たちの幸せを掴んだ二人の様子は、救いでもあるんですよね。
ちょっと経済的な意味で将来が心配だけれど、何気にラ・ベルが二人のこと見守ってくれているようなので、そちらの方も一安心。過去の人間だった頃の記憶を取り戻したからか、ラ・ベルも優しくなって。いい女になりましたよ、彼女も。

優柔不断とは真逆の、ヒロインに振り回されないきっぱりとした性格の、今まで見たことのないような主人公の存在感に瞠目させられたこのシリーズ。正負を問わない人間の情念をむき出しにしたようなドラマティックな展開にハラハラどきどきさせられた、迫真の物語でした。面白かった。今はただ、満足です。ああ、あのフレンチトーストはぜひ食べてみたいや。伊織の作る料理が実に美味しそうな、読んでてお腹のすくお話でもありました。
ご馳走様でした。

嬉野秋彦作品感想