翼の帰る処 3 ―歌われぬ約束― (下) (幻狼ファンタジアノベルス)

【翼の帰る処 3 ―歌われぬ約束― (下)】 妹尾ゆふ子/ことき 幻狼ファンタジアノベルス

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皇帝の策略によって罠に陥ったヤエトは、ルス公当主ライモンドと対面し、逃亡した商人を引き渡すよう要請する。要求は受け入れられたものの、無理がたたって倒れてしまうヤエト。からくも北嶺に戻るが、皇帝の策略を阻止するため、ヤエトは無理を押して再び北方へ向かうことを決意する。それを決断させた裏には、“過去視”の力で出会った謎の少女・ルシルの願いを聞き入れたいという思いがあり―。皇帝の策略により、八方ふさがりな状況に追い込まれ窮地に陥ったヤエトがとった行動とは…。
敵地ともいうべき北方の地で窮地に立たされたり、姫様の行動から皇帝相手に真っ向勝負を挑むことになったりと、何時にもまして危ない橋をわたり続けたヤエトさんだが、一番死にそうでハラハラさせられたのが、ただ階段を登っていくシーンだったというのは冷静に考えると随分とけったいな話である(笑
いやでも、読んだ人ならわかると思いますが、このシーンが一番読んでて心臓に悪かったんですよね。
「もうやめてあげてーーっ、ヤエトはとっくに限界よっ!!」状態である。
ああもう死ぬ、それ以上は死ぬ、絶対死ぬ。ぽっくり倒れて逝ってしまう、休まないとその人死んじゃうから、マジで! と声にならない悲鳴を上げながら読んでましたよ。
ただ階段をのぼってるだけなのに、どれだけ命がけなんだこれw

山積していく問題の数々を前にして、ヤエトは虚弱な体も厭わずについには倒れてしまうまで自らの限界も考えずに黙々と立ち向かい、これらを表情も変えずにばったばったとなぎ倒すように解決していってしまう。そのくせ功を誇るでも野心をひけらかすでもなく、常に何時でも身を引く心積もりを忘れない、
ああ、かの黒狼公はなんと献身的な忠臣なのだろう……などと傍からだとそういう風に見えるんだろうなあ。姫やルーギンみたいな身近な人間以外には。
ヤエトが内心どれだけ罵倒と愚痴と恨み言と後悔と八つ当たりを延々と途切れること無く吐き出している、なんてみんな知らないわけですし。いやあもう、よくぞまあそれだけ愚痴のネタが尽きないものだと拍手を送りたくなるくらい、ずっと愚痴ってますもんねえ、この人。普通は愚痴るなんてのはもっと余裕ができてからする事で、自分が絶体絶命の窮地に立たされている状況とか、知人や大事な人が危ない目にあっているのを助けなきゃいけない、なんていう状態の時にはそれどころじゃないはずなのに。だいたいそういう時は、必死に頭を回転させて打開策をひねり出そう、名案を導きだそうという方向にエネルギーを費やすのに目一杯のはずなのになあ。
ヤエトが恐ろしいのは、内心では愚痴り恨み節にかまけ、知るかボケ! の精神で問題の原因となったありとあらゆる人や状況に罵倒を繰り返し、回りまわって問題を防げなかった自分のバカさ加減への後悔や呆れの言葉をグチグチと吐き出しているくせに、表の方では息でも吐くみたいにスラスラと問題を解決してしあうような切れ味たっぷりの策や案を口にして、てきぱきと指示を出しているところなんですよね。
いやいや、あんた愚痴ってばかりだったくせにいつそんな事考えてたんですかw
いやまあ、読むと確かにどうするべきか考えてるんですよ。ちゃんと打開策に頭を悩ませてる。ただもうひっきりなしに嫌気がさしなさって投げやりになるわ愚痴を混じえなさるわするから、とても名軍師や凄腕の政略家が智謀を巡らせている様子には見えないんですよね(苦笑
実績を見るならば、辣腕の宰相以外の何者でもないのですけれど。まあそれだけ苦労が多いという事なのでしょう。大してやる気もないくせに、手を抜くということが根本的に出来ない人ですし。そりゃあルーギンの言うように、「体調管理に夢中になる下僕、続出」となるわ放っておいても勝手に倒れるし、放っておかなくて自重しなさいと幾ら言っても言うこと結局聞いてくれなくて倒れるし。じゃあ倒れないように体調管理に気をつけてあげないと、という風になりますわ。

そんな苦労ばっかり抱えて呻いているヤエトですけれど、不思議と……いや不思議じゃないのか。ルーギンと姫様と仕事抜きのプライヴェートで喋っている時は内心でも愚痴る事があんまりないんですよね。久々にルーギンと話しているシーンを見たんですけれど、ルーギン相手のヤエトって心なしか楽しそうなんですよ。ルーギンの話術が上手いのかもしれないですけれど、彼と喋っている時はヤエトも気安く会話が弾んでますしねえ。

そして姫様ですよ。……ヤエトって姫様については過保護すぎるくらい過保護ですよね、これw
北方の王子と親しそうにしているのを見てとって、目付きを険悪にしているところあたりは、悪い虫がつくのを危惧する保護者の心境なのか、それとも彼なりの妬心だったのか。
皇妹との結婚について導き出した否定材料が、ひっくり返してみると全部姫様との比較になっているあたりなど、幾らでも穿てるんですよねえ。異性への感情、なんて無粋なことは言わなくてもいいでしょう。隠棲したいなんていう野望を秘めたヤエトにとって、自分の野望を炉端に投げ捨てても躊躇わないくらい、姫様が大切な宝物なのだ。この巻、最後のやり取りを見ればわかる。それも、大事に箱にしまい込むような宝物ではない。自ら輝こうとするのを、磨いて手助けしてやりたいと願うような宝物。
そして宝物である以上、やっぱり誰にも渡したくはないんですよね。ラストはちらりと、欲するものの少ないヤエトの欲みたいなものが見えて、ちと嬉しかった。

それにしてもこの枯れた三十代は、何故か少女にもてもてだなぁ。なんか、北方のお姫様にも速攻でなつかれたし。これが相応の年齢以上の女性となると反応がなくなるどころか妙に刺々しくなるあたりが不思議で面白い。間違っても「女性」にモテるタイプじゃないんだよな、ヤエトは。
ちなみに、ルシルをセルジュに丸投げしたのは、八つ当たりの感もあるけれど、何気にこの二人は組み合わせとして波長が合いそうじゃないですか。セルジュが純心な子供相手に相性良さそう、という理由が大きいのだけれど、これもしかしたら面白いことになるのかも。

さて、次巻はどうやらちゃんと上下巻に目処が立ってから出す予定だそうで、相当に先になりそうだ。この三巻の上下の間隔が丸一年ちょい掛かったのを考えると、1年以内にという希望は叶いそうにないなあ。腰を据えてじっくり待ちますか。

シリーズ感想