とある飛空士への夜想曲 下 (ガガガ文庫)

【とある飛空士への夜想曲(下)】 犬村小六/森沢晴行 ガガガ文庫

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海猫と魔犬、空の王となるのは果たして!?
サイオン島には「魔犬」がいる――。ヴィクトリア海海戦より半年後、帝政天ツ上軍の撃墜王・千々石は、神聖レヴァーム皇国軍の飛空士たちにそう呼ばれ恐れられていた。しかし、物量に劣る天ツ上の兵士たちは、レヴァーム軍の果てしない攻撃を前に次々と命を散らしてゆく。そして、ついに東進を開始したバルドー機動艦隊。迎え撃つべく、空母「雲鶴」に再び乗り込んだ千々石を待ち構えていたのは、最新鋭科学兵器に守られた海の要塞と、あの男の技だった……! 魔犬と海猫――ふたりの天才は決着を求め、天空を翔る!「夜想曲」完結!!


――ッッ馬っっっ鹿野郎ぉぉぉっ!!

馬鹿だ馬鹿だあんたは結局救いようのない大馬鹿野郎だ。惨めでも無様でも、生き残ってさえ居てくれれば、それであの娘は泣かずに済んだのに。
男ってのはどうしてこんなにも身勝手で、女を泣かしてしまうんだろう。何時だって残されて泣くのは女なのだ。男の生きざまの証を背負って、彼女たちは生きていかなければならない。
死んで、花実が咲くものか!!
生きてさえいてくれれば、それで良かったのに。一つくらい、約束を守れよっ。
湧き上がるのは憤りであり遣る瀬無さであり、苛立ちであり、怒りであり、悲しみであり。胸の奥からこみ上げてきて、胸の中でわだかまるモヤモヤとした感情に、終日苛まれてしまう。
そう、そうやって自分の感情を揺さぶっていないと、ついつい囚われてしまうのだ。男たちの、ロマンに満ちた生き様を、ただ美しいと感動してしまう自分に。
彼らの生き様と、死にゆく姿に憧憬に似た感情を抱いてしまう自分に。
ロマンなど認めたくない、残された人が泣くような、哀しむような、痛みによってしか成り立たないロマンなど認めたくないのに、それはやっぱり綺麗で眩しいのだ。それが、なんとも悔しくてもどかしくて、途方にくれてしまう。
ズルイよ、作者は。
この作品は、戦場の中にロマンティシズムを追い求めた虚飾に満ちた物語だ。戦場に、戦争に、もう浪漫なんてものは何処にも残っていないと、否や最初から戦争に浪漫など無いのだと重々承知した上で、だからこそ幻想を追い求めた作品なのだ。
そんな最初から無いと百も承知で書かれたものを、そんなモノは無いんだよとあげつらうような無粋な真似が出来るはずがない。だからと言って、素直に美しさに感動に身を浸してしまうには、ここで描かれているロマンティシズムは余りにも幻想的に裏打ちされすぎている。これは決して無いものであり、虚構に過ぎないものであり、ひたすらに悲しいものなのだと、釘を差してくる。お陰で、ただただ感動と悲嘆の狭間で煩悶させられる。
思えば、その煩悶を抱かせる事こそが「悲劇モノ」としての描き方の一つの完成形なのかもしれない。
少なくとも、此処まで心揺さぶってくれる物語を、名作と認めないわけにはいかないだろう。とある飛行士シリーズの中でも一番いつまでも心引きずられるラストシーンだった。

浪漫浪漫と書いたけれど、その中で幻想ではない想いの発露として強く印象に残ったのは最前線で実際に銃をとって戦う人たち個人への敬虔な思いでした。戦争が起こる理由には様々なものがあります。そして国同士のエゴが絡まり、一部の指導者層の意思だろうと国民の総意だろうと、正しい理由なぞありはしません。でも、戦争というものが悪として否定されても、それと前線で戦う兵士たち一人ひとりの戦う意思や想いをイコールに関連付けて、悪と斬って捨てるのは違うのではないか、と。彼らの個々の戦いまで貶められるべきではない、という真摯な願いを垣間見たのでした。英霊と美化してしまうのでも、戦争の一方的な犠牲者と憐れむのでも、良いように利用され愚者と蔑むのでもなく、ただ託された事実を胸に留めて欲しいという敬虔な気持ちを。
「国家に洗脳されて死ぬまで戦わされた、哀れな被害者か。大切な人々を守るために、子どもや孫が人間として扱われるために命を賭して戦った偉大な戦士たちか。それを決めるのは、後の世を生きる我々です。彼らの犠牲の上に生かされた我々の仕事です」


救われたような気持ちにさせてくれたのが、千々石が波佐見に本心を全部打ち明けてくれたところでした。あの男、絶対最後まで波佐見をどう思っていたのか、本人には言わないと思っていたから。
言わないとさ、通じない事ってあるんですよ。言葉はそれだけ、偉大なものなのです。波佐見にとって、千々石の本心はその後の彼の人生でどれほどの支えになるかを思うと、少し泣けた。
波佐見に本心を言ってくれてよかった。
そして、ユキ。彼女については何もありません。二人については、口を挟む余地はもうありません。何も横から口だししたくない。そっと、遠くから見ていたい。そんな静かで、穏やかな気持ちにさせられる、二人の結末でした。
ありがとう。

上巻感想