ログ・ホライズン3 ゲームの終わり(上)

【ログ・ホライズン 3.ゲームの終わり(上)】 橙乃ままれ/ハラカズヒロ エンターブレイン

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シロエがいない初めての戦闘(バトル)!!
<円卓会議>に届いた書状により、シロエたち<円卓会議>の代表らは、大地人同盟との交渉にのぞむため、アキバを離れた。同じ頃、各ギルドの新人プレイヤーを鍛える夏季合宿が開始。同レベルの仲間とともに、トウヤとミノリもダンジョンに挑むものの失敗の連続。戸惑い、衝突、敗北……新人プレイヤーに訪れた初めての試練。彼らの力が、今、試される!
我らがぐうたら姫、レイネシア姫登場の回である。彼女ともう一人の大地人の登場と自由都市同盟との交渉、そして新人プレイヤーたちが直面する事件は、この三・四巻のサブタイトルである「ゲームの終わり」という文言に強く関わってくることを覚えておいた方が良いだろう。大地人はノンプレイヤーキャラクターではなく、自分の意志を持った生きた人間である。このシロエが円卓会議発足の際に発表した事実は冒険者たちに凄まじい衝撃となって走り抜けたわけですけれど、読者である自分にとってはまだ実感の伴わない、そういう設定なんだという単なる事実の把握に過ぎなかったのでした。
本当の意味で、元々はゲームの中のNPCに過ぎなかった大地人たちが大災害以降、<冒険者>と同じ生きた人間になっていたのだという事実を実感したのは、まさにこのレイネシア姫が現れた瞬間だったのでしょう。
この外面と内面の食い違いが激しすぎる個性的なお姫様が、<狂戦士>クラスティとエンカウントしたあのシーンで、彼ら大地人が現実世界の住人だった<冒険者>と対等の存在として生きているのだと実感したのです。
それは、そのままこのゲームの中を再現したと思しき異世界が、単なる仮想空間などではない、本物の人間がちゃんと生きて根付いている世界なのだと感じいった瞬間でもありました。これ、地味に円卓会議成立の際にシロエが引き起こしてくれた価値観のパラダイムシフトに匹敵する衝撃だったりしたんですよね。
そこからサブタイトルに目を転じてみて、ようやくこの「ゲームの終わり」が何を意味しようとしているかがうっすらとわかってきたわけです。そこからさらに怒涛の展開あって、この「ゲームの終わり」と様々な観点から実感していく事になるのですが……それは下巻の為に据え置いておきましょう。

宮廷内でのあれこれは、ある意味クラスティさんの独壇場でした。というか、彼とレイネシア姫とのやり取りが素敵すぎて、シロエは周りから腹黒腹黒と言われまくってるけれど、クラスティも相当だよ、これ(笑
レイネシア姫のぐーたらすぎる内面を見抜いていじり倒すクラスティの楽しそうなこと楽しそうなこと。

一方でシロエはこの世界の秘密の切れっ端をつかみとると同時に、不死である<冒険者>の秘めた死のリスクの真相にたどり着いてしまう。いくら死んでも生き返る事ができる、という<冒険者>の特典はズルイとは思っていたものの、ちゃんとペナルティはあったわけだ。


新人プレイヤーたちの方は、チームプレイの難しさに直面しているのだけれど、この「ログ・ホライズン」って戦闘へのアプローチが非常に面白いんですよね。俺つええは世界観じゃあり得ないシステムになっていて、直接的な攻撃力のない技や魔法にリソースがとても多く割かれている。それもスリープやポイズンといった状態異常や、単純に身体能力があがったりする支援魔法と違って、それ単体では説明されても何の意味があるのか分からない術などがたくさんあるんですよね。
これが、パーティー戦闘となると思いもよらない形で凄まじい効果を発揮していくのです。ソロプレイでは決して生まれない、レベルの低いプレイヤーであっても戦術連携によって相乗していく壮大なほどの戦果の拡大。
でも、そうした能力を活かすためには一人ではどうしようもないのです。一人ずつが集まっただけの集団では、チームでも何でもない。バラバラだった子たちが一致協力することでチームになっていく、それはよくある王道パターンのお話ですけれど、ここで描かれていた五人の新人冒険者たちが、パーティーになることが出来たお話は、単なる仲良しごっこではないもっと具体的でシステマティックなスタイルを学び勝ち取っていくことで、一味違うものになっている。それは、さらに下巻で巻き込まれる戦闘においてより劇的な発展を見せて、こちとらその戦闘への考え方、概念に衝撃を受けることになるのである。既にその萌芽はここできっちり描かれていたわけだ。
何れにしても、このパーティー戦闘の捉え方、描写の仕方は何気に独特で痺れるような面白さがあったのでした。
そして事態が風雲急を告げたところで下巻へ持ち越し。

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