東雲侑子は短編小説をあいしている (ファミ通文庫)

【東雲侑子は短編小説をあいしている】 森橋ビンゴ/Nardack ファミ通文庫

Amazon

何事にも無気力、無関心な毎日を過ごす高校生、三並英太【みなみえいた】。楽そうだからという理由だけで図書委員になった彼は、ともに委員を務める東雲侑子【しののめゆうこ】の熱のない静けさに、自分の空虚さに似たものを感じていた。しかし偶然彼女の秘密を知ってしまったことから、自分との違いを思い知らされる英太。だが、その秘密のために、彼女と距離を縮めることとなり、失ったはずの感情に胸を締めつけられていく……。早熟な少年少女に贈る、もどかしく苦いラブストーリー。
はい、傑作来ました!!
Marvelous!!
ああもう、素晴らしいなこれ。読んでて思わず指先に力が篭ってしまう繊細な心理描写の連なりに寄って描き出される恋愛模様に、読後思わず陶酔状態で浸ってしまいました。
【刀京始末網】とか【ナナオチートイツ】とか、どこか退廃の匂いのする仄暗く道から外れた独特の作風で存在感を誇示し続ける森橋ビンゴさんですが、その一方でその静謐で乾いた筆致に思春期の不安定ながらも想い一途な青春の薫風を乗せると、これが素晴らしい青春恋愛小説が出来上がることは、切なく淡い禁断の恋を描いた【三月、七日】に、ライトでポップな四者四様の恋模様を描いた【ぼくこい】にて既に証明されている。
そして、ついにこの決定版【東雲侑子は短編小説をあいしている】の登場である。
参ったわー、生中じゃないよこれ。ライトノベルのお約束に頼らない、小細工抜きの、正真正銘正道にして王道たる正統派恋愛小説だ。登場人物に特別な背景や特殊な環境、派手で目まぐるしい展開や変化がなくても素晴らしい恋愛小説は描けるのだという好例になる。
東雲侑子の秘密や英太の家庭環境はやや変わっていると言っていいかもしれないけれど、実際には物語のアクセントにはなっていても、その行く先を左右するような大きなファクターではない。この物語は終始、侑子と英太の間で往還する感情の揺らぎを以て構成されていく。
英太は自分で語るように無気力で感情の起伏が少ない冷めた少年であり、侑子もまた表情もなく言葉数も少ない熱量の少ない物静かな少女だ。自然と、二人の間に交わされる会話も少なく、二人で一緒にいる時間は多いにも関わらず、その大半が沈黙によって流れていく事も多い。結果として二人の間には動的なイベントや、見るからにわかりやすい感情のぶつかり合いというものが極めて少ない。侑子が内心で何を考えているかは、その僅かな挙措や発言からは伺いにくく、主体である主人公自身も自分の本心や気持ちを捉えられないまま、もどかしいくらいの手探りの状態のまま二人の関係はじりじりと進んでいくのだ。
それは、まるでピンセットで一つ一つの欠片を積み重ねていくような繊細な作業。微細で僅かな心情の揺らめきを、しかしだからこそ適切に精密に、正しい場所に当てはめていくような、途方も無い集中力と根気の必要だろう文章の綴り方。それは甘酸っぱいというにはとても節制の聞いた落ち着いた味わいだ。しかしだからこそ、満ち足りた気持ちにさせてくれる。
森橋さんのこの恋愛小説の作風は、とてもライトノベルらしくはないのだけれど、だからこそライトノベルで読んで居続けたいと思わせてくれる。やっぱりこういうの書ける人は絶対必要ですよ。

それにしても、侑子はどの段階で英太に気持ちを向けてたのだろう。順当に考えれば、既に取材協力を申し込んだ時点で下心があったとも見れるけれど、彼女が果たしてそういう計算が出来るタイプだとも思えないし。とは言え、恋心もない相手にあんな大胆な提案が出来るような子にも見えない。或いは全く恋愛感情がなかったからこそ出来た頼みだったとも考えられるけれど。もっと読みこめば、彼女がどの段階で本気になったか、単なる取材でも思い出作りでもない、夢中になってしまったかが読み取れるんだろうか。ふむ、これはまた何度も読み返したくなるなあ。
一応これは、侑子と英太の二人の物語なんだけれど、彼らのアシスト(?)をする形になる英太の兄とその彼女のカップルはなかなか印象深かった。まだ二人共二十歳を超えたばかりの学生で結婚していないのだけれど、殆ど半同棲状態で、アルミさんは兄嫁そのものなんですよね。一緒に暮らしている英太からすれば、こんな素敵な女性が身近に居て、親身に接してきたらそりゃたまらんわなあ。しかし、この書痴の兄貴がどうやってこんな女性と恋人になれたのかがまた最大の謎だよなあ。愛想も悪く、食卓なんかでアルミさんに話しかけられても生返事ばっかりなのだけれど、アルミさんは全然気にしていないどころかそれが当たり前みたいにニコニコしているものだから、若いラブラブカップルというよりもむしろ長年連れ添った夫婦という感じがしっとりと出ていて、何とも羨ましい限り。でも、侑子が家に遊びに来た時の四人で食卓を囲んだ雰囲気がとても絵になってたのは素敵だったんですよね。あの時点ではまだ侑子と英太の関係が定まっていなかった事を考えると、将来的にはもっと良い雰囲気になることが瞼の裏に浮かぶようで、思わず微笑が浮かんできてしまった。あんまり十代二十代の若者の兄弟カップルには見えない落ち着いた雰囲気が面白いといえば面白いのだけれど。

イラストも素晴らしかったです。特に東雲侑子のデザイン、物静かながら目に力の篭った存在感のある佇まいで、強い印象を焼き付けてくれました。
なんにせよ、素晴らしいの一言な恋愛小説でした。最高。