修羅場な俺と乙女禁猟区 (ファミ通文庫)

【修羅場な俺と乙女禁猟区】 田代裕彦/笹森トモエ ファミ通文庫

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あなたを愛していますっ! ……殺したいほどに。

「お前の婚約者候補だ!」世界に名を成す大財閥の長にして父の十慈郎【じつじろう】から、5人の美少女を前に突然そう告げられた遠々原節【をんどうばるせつ】は、その次のセリフに戦慄した。「この娘たちは、お前のことを殺したいほど憎んでいる」クソ親爺はさらに続ける、「だが、この中にお前を愛する娘もひとりいる」その娘を選べなければ待つのは破滅……しかし、手段も所も構わず繰り広げられる彼女達の求愛に、理性を保つだけで精一杯!? 魅惑のデッド・エンド・ハーレム開演!
これは、舞台設定の勝利だよなあ。婚約者候補たちに与えられたゲームの報酬は、遠々原財閥の財産と権力、そして憎むべき遠々原節や十慈郎も含めた遠々原一族の身柄の自由。かつて遠々原財閥によって破滅しすべてを失った彼女たち。その復讐のために表向きには一切の憎悪も憤怒も糊塗し切り、怨敵の子息である遠々原節に好意と笑顔を振りまいてその愛を勝ち取らんとする彼女たちのその姿勢は、一見してキャピキャピと浮ついた年頃の女の子の外見とは裏腹に、いやそんな内心を一欠けらも垣間見せない徹底した姿だからこそ、背筋が寒くなるほどの壮絶さを醸し出している。
主人公はバカではなく、それどころか冷酷とすら評されるキレ者なので、勿論彼女たちの愛想の良さに乗せられるわけもなく、恐怖すら感じながら慎重に彼女たちの本性を探っていくのだけれど……この娘たち、まったく尻尾を見せないんだもんなあ。怖い、マジ怖い。
こんな怖いハーレム無いよ!
並の男子では精神の均衡も保てないんじゃないかというスリルとサスペンスあふれるハーレムなのだけれど、それに挑むプレイヤーは上記したように一筋縄ではいかない主人公だ。ある意味、主人公の節は全くこの五人の婚約者候補たちと対等の立場と心持ちを備えた人物と言えるかもしれない。それだけに、上辺には騙されず、恐怖に負ける事もなく、必死に媚びを売ってくる少女たちを冷静に観察し、判断を積み重ねていく。
ここまで男女の両者に愛情が介在しないまま、虚実を入り混ぜて何が本心かも誰も分からないまま濃厚に接していくハーレムというのもまた珍しい。
とは言え、この話に冷めた薄ら寒さを感じないのは、かの主人公が冷酷ではあっても非情ではないからなのだろう。彼は情には一切流されないんだけれど、情が無いわけじゃないんですよね。それどころか、基本的に情に基づく結論を基盤として判断し、行動している。尤も、彼の場合情深く行動することが自分の利益となり有利に働くからという計算高さから来るものなのだろうけれど、その割り切り方はむしろ好感が持てる。それに、彼は自分の基盤を裏切らないと思うんですよね。彼の根本にあるのは激情であり信念である以上、彼の計算高さはあくまでツールであり、本末転倒に損得勘定で自分の根源を裏切る真似はしないはず。
彼はほんとうの意味で人を愛さないかもしれないけれど、自分の与えた分の情は決して裏切らないでしょうから、真の愛を欲さない限り、彼は良い伴侶になると思いますよ。幸せにはしてくれるはず。
そういう主人公の在り方を前提に考えると、彼のメイドの睦月のスタンスは結構複雑なものと勘ぐる事も出来る。どうやら主人公の人間性を一番詳しく知っているのは幼馴染にして運命共同体である彼女なのだろう。だからこそ彼に真の愛情を求めようとはしないのだろうし、さりとて表面上の愛情で優しくされても飢え渇くだけ。彼女にとって現状の運命共同体こそが最も遠々原節という人間の深い所に食い込み、自分の存在を大きく意識させ、捨てるに捨てさせない位置なのだろう。同時に、ちゃっかりと愛人という将来の立ち位置もちゃっかり確保しているあたり、彼女だけが負けのない勝利者の地位を既に得ていると見てもいい。唯一の敗北は、遠々原節の破滅なのだろう。彼の破滅は運命共同体である彼女の破滅でもあるけれど、彼女の境遇と言動を鑑みるとそれもまた良しと考えている節もある。自分のすべてを節に預けた睦月は、気楽な究極の傍観者なのかもしれない。
泰然と、このハーレム狂騒曲を外側から見下ろしてせせら笑っている睦月は、なるほど五人の婚約者候補を押し退けて一巻の表紙を飾るに相応しいヒロインだったのかもね。
何やらこの一冊で終わっても大丈夫なような〆方をしているけれど、はてこれ続きは出ないんだろうか。わりと簡単に続けられそうな、でも実際続けるとなると難しいような、なかなか複雑なところだけれど。
もし続けるなら、このまま甘っちょろいハーレムにならない、凄絶な部分は無くさないで欲しいなあ。