桜色の春をこえて (電撃文庫)

【桜色の春をこえて】 直井章/ふゆの春秋 電撃文庫

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二人の少女が織りなす、同居×青春ストーリー。

「あたしの家にくればいいよ? それで全て解決でしょ」
 高校入学とともに一人暮らしを始めるはずが、手違いにより部屋を失った杏花に救いの手が差し伸べられる。
 救い主の名は澄多有住。かわいい名前に反しぱっと見は不良、停学歴アリ。同居を始めても無愛想でわがままで杏花は難儀するが、時折ちょっとした優しさやかわいげが垣間見え……。これってもしかして、ツンデレ?
これぞ、ガール・ミーツ・ガール、だなあ。
それぞれに家庭に問題を抱え、ぶっちゃけて言うと親に捨てられたり、虐待を受けたりしていた事で、深く深く心の傷を負った者同士が偶然から同居する事になり、徐々に歩み寄り、友情を育んでいくという女同士の友情の物語。百合じゃないですよ。少なくとも二人の間に恋愛感情なんて甘い倒錯は介在しない。最初は相手のことを何も知らないから、恋心を抱くに足る幻想を抱く余地は何処にもないからだ。
考えてみると、そんな何も知らない相手を招き入れた有住はよっぽど変わっている。変わっているとわかっていたからこそ、最初の頃の杏花は有住を警戒し、その我儘な言動も相まって距離を置いたままだったんだろうけどね。お互いに歩み寄るつもりがなくても、それでも一緒に暮らしていれば段々とお互いの顔が見えてくる。常に警戒態勢を取ったままでなど居られるはずもなく、否応なく隙は見せてしまうもの。そんな隙間から覗き見えた相手の本当の素顔を、この二人は見なかった事には出来なかったんだな。相手を知りたいと思うことは、同時に歩み寄ること、心を許すこと。心を開くこと。そう、それは本当の自分を見せることにもつながるのだ。
最初は、似たような親に傷つけられた境遇から来る共感だったのかもしれない。自分と同じように傷ついている子を、放っておけなかったのかもしれない。お互いの傷を舐めあえるような関係を、心の何処かで望んでいたのかもしれない。立ち尽くしている自分の代わりを求めた、代償行為だったのかもしれない。
でも、そんな諸々のそれらしい、尤もらしい理由を押し退けて、この二人が望んだのはただ寄り添う事で得られる温もりだったように思える。心に吹きすさぶ隙間風を、背中合わせに凭れかかった相手の温もりが受け止めてくれるかのように。ただ一緒に傍にいれば、それで良かったのだ。独りじゃないという微かな実感は、ただそれだけで傷の痛みを和らげてくれる。今を苛む苦しみを、通り過ぎた過去にしてくれる。
今この瞬間を、笑って楽しく受け止められる。彼女たちにとって、友だちがいるということは、そういう事だったのだろう。

特に派手派手しい展開もなく、重苦しすぎる際立った事件もなく、終始繊細で、でも落ち着いた流れだったお話でしたが、その分じっくりと主人公の心の動き、有住の事を思う気持ちの変転を追いかけることができ、堪能できた良き一作でした。

一見、不良っぽくて乱暴な有住の方が男っぽく見えるんですが、よくよく読んでみるとあくまで有住はヒロインであって、実は大人しくて真面目な杏花の方がいざという問いの行動力や決断力など、非常に男前だったりしたのは面白かった。わりとサッパリとした気質だし、さり気なく姐御肌だろ、この娘。