さよならさよなら、またあした (ウィングス・コミックス)

【さよならさよなら、またあした】 シギサワカヤ ウィングス・コミックス

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心臓疾患のため生まれてすぐに余命二十年と宣告を受けた育(いく)。
無気力なままに地方の女子校に赴任してきた正嗣(まさつぐ)。
優等生である自分を好きになれない万喜(まき)。
上手くいかないこともあるけれど、柔らかな幸せを感じるそれぞれの日々。

「明日を今日にする」のは、こんなにも大切なことで
「当たり前の毎日」は、奇跡が積み重なったものなんだーー…。


息を呑む。体が一瞬、縫いとめられたみたいに動かなくなる。
それは、心臓を、握りつぶされたかのようだった。
漫画の一枚絵を見て、此処まで震撼させられた記憶は、思い返しても早々無い。それ程に、この物語のラストで描かれた「育」の姿は衝撃的だった。生きようとする執念が、首筋を冷たく這いまわり、締め上げてくる。カサカサに乾き、骨ばってしまった冷ややかな指の感触が喉元を伝う錯覚すら抱いた。
そこに至るまでが、コメディチックで不幸や不安や悲劇の種を飄々としたコメディで笑い飛ばし、冷たくも甘い愛情で包み込む、ややも明るいシギサワカヤだっただけに、それだけに、最後の話は衝撃的だった。
毎日の幸せを一つ一つ積み重ねていけば、際限なく幸福は広がっていく。今日を確かに生きるなら、不確かな未来もまた希望に溢れかえっているようだった。
その最果てが此処なのか。
かつて通った幸せを、否定なんて出来ない。出会わなければよかったなどと思えるはずもない。過去も今も、常に最高に幸せであり続けているのは間違いない。
終わるまで、本当に終わってしまうまではまだ、終わらないのだ。
だから、だから、だから、だから……。
だから、なに?

わからない。ここで描かれたものの結論が。答えが。作者の意図を、見通せない。或いは、結論などないのか!? ただ描かれたものを提示して、それぞれに感じろとでもいっているのだろうか。これほどの、これほどまでの凄まじい情念を描いて見せながら、そこに何の意図も込めずに居られるのか? わからない、信じられない。なればこそ、もっともっと深く深く潜っていかなければならないのだろう。理解を深め、全体を捉え直し、何を訴えようとしているか、そのささやき声に必死になって耳を傾けなければならないのだろう。
でも、そうするのが怖い。
戻って来れなくなりそうで、とても怖い。
そう、怖かったのだ。あの育の姿を見て、感じた思いは恐れであることを認めなければならないだろう。触れることも、踏み込むことも躊躇して、気圧され怯え後退り、怖いと思ったのだ。
そして、きれいだと思ったのだ。
そして、あれを「美しい」と思ってしまったことが、冒涜のように思われ、また恐ろしくなる。

だから、あの怖いものを、何度も何度も繰り返しじっと見る。
魅入られているんだろう。

生きることも、幸せになることも、死ぬことも

こんなにも素敵で、美しくて、怖いことなんだなあ。
やっぱり凄いわ。凄いを通り越して凄まじいわ、シギサワカヤ。この漫画家は本当に凄い。