剣の女王と烙印の仔  (MF文庫J)

【剣の女王と烙印の仔 8】 杉井光/夕仁 MF文庫J

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“流転する生命”という最凶の力を引き摺りながら進軍する女帝アナスタシア。その傍ではニコロだけが一命を取り留めていた。帝国を脱出したジュリオとシルヴィアには死の追跡の手が伸びる。一方、疲弊した聖都でミネルヴァは記憶と精神、全てを失ったクリスと対面した。裡なる獣を封印するにはそれしかなかったのだ。そしてついに聖将軍となったフランは全てを背負い、帝国との決戦に挑む。「真名を思い出したらあいつはもう、クリスじゃなくなる。そうしたら、斬ればいい」定められた刻印の運命によって分かたれたミネルヴァとクリスの最後の戦いの行方、そしてはじまりの獣と終わりの女神が出逢うとき、世界は――。一大ファンタジー巨編、ついに終幕!

神話は潰えず。神の世は終りには至らず。神々は未だ彼方に去ること無く、人間は神から世界を奪うこと能わず。
もしね、これが神の軛から人間が解き放たれる話だったら、ミネルヴァとクリスの結末はああいう形にはならなかったんだと思う。その意味では、この物語は神からの脱却、人の独立、神代の終わりを描く物語ではなかったんだな、と二人の辿り着いた終わりを読んでようやく得心がいった。思えば、杉井光という作家の作風なり作品の備え持つ世界観を鑑みるなら、当然だったのかもしれない。ファンタジーのみならず、ジャンルを跨ぎ超えてこの人の作品には、どこか高次からの抱擁と束縛を感じさせるものがあるんですよね。杉井さんの作品には度々、聖書の内容やキリスト教をネタにした話が用いられる事があるけれど、案外とここに起因みたいなものがあるのかもしれないと考えると面白いものがある。
でも、たとえ神の腕から抜け出せなくても、何もしない、何も出来ないって訳じゃないんですよね。ここに出てきた人々は、誰も彼もが神の力に囚われ抜け出せないまま、それでも抗って抗ってジタバタしてみせたんだと思います。だからこそ、失うものは多くても、一番大切なものだけは守ることができた。それは信仰であり、野望であり、夢であり、愛する人であり。たとえそれがどんな形であれ。
唯一、それが出来ていなかったのが、あのカーラ先生なのかもしれませんね。彼女は多分、登場人物の誰よりも自由であり、きっと望めばどんな事だってできたにも関わらず、ついには自らを束縛し、自由をほうり捨て、枠に閉じこもり、挙句に絶望に潰えてしまった。強さなんて、目的を叶えるための手段に過ぎないのに、この人はそれだけを目的としてしまったのが哀れでならない。愛情でもいい、友情でもイイ、庇護欲でも単なる下卑た欲望でも良かった。何でもいい、その強さを使って何かを叶えてみるという世界を見つければよかったのに。
作中でも尤も無為で可哀想な人だったなあ。
彼女についで、もっとも多くを失ったのはやっぱりフランなんでしょうね。彼女は目的こそ達したものの、辿り着いたそこは最初に思い描いていたものとはかけ離れたものになり果てていた。忠実なる騎士と半身こそ残ってくれたものの、大切だった人たちの多くは去り、寄り添い続けるはずだったミネルヴァとクリスもまたああいう形となってしまった。それでも彼女は強いから、きっとこれからも膝を折る事無く輝き続けるのだろうけれど、果たしてかつてのように彼女が笑える日がくるのかと思うと、無性に辛くなってくる。
誰も彼もが傷だらけになって生き残った中で、むしろ生の軛から解き放たれて現から去っていった人たちの方が満たされていたような印象が残る。ニコロにしても、アナスタシアにしても、あのガリレウスにしても、そしてミネルヴァにしてもクリスにしても。余分なものをすべて取り払い、ただ一なる願いに殉じた彼らこそが、安息の平和と幸せを手に入れたように見えてしまう事が、何よりも寂しい。寂しい。
ミネルヴァとクリスには、特に、ただただ普通に幸せになって欲しかったなあ。