烙印の紋章 10 竜の雌伏を風は嘆いて (電撃文庫 す)

【烙印の紋章 10.竜の雌伏を風は嘆いて】  杉原智則/3 電撃文庫

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英雄への道を描くファンタジー戦記、クライマックス直前の第10弾!

 皇帝グールに対しついに反旗を翻したオルバは、辛くも緒戦に勝利しビラクを手中に収めた。
 帝都ソロンでは皇帝の専横がますます目立ちはじめ、メフィウス国内の風がオルバに吹き始めるかに見えた。しかし、隣国ガーベラとエンデでも内紛が起き、それがメフィウスにも影響を与え始める。
 ネダインでの反乱、そして竜神教の不穏な動きなど刻々と変化していく緊迫した情勢の中、オルバが選ぶ次の一手とは。そしてビリーナの覚悟とは。皇帝VS皇太子の行方ははたして――?
前回の戦いで、オルバにとっての最大の理解者、もしかしたらオルバ当人よりもオルバという人間をわかっていたかもしれない親友にして兄にして影だった男、シークを亡くしてしまったオルバ。これで、とうとうオルバは本当の意味で孤独となり、抱いてしまった理想を胸に、王への道をひた走るのだと思っていたのだけれど……それってつまりは今のオルバの最大の敵となった皇帝グールその人が歩んだ道に重なってしまうことになってしまうのか。度々回想で挟まれる、グールの若かりし頃の理想と覇気に満ち満ちていた姿が、今のオルバにあまりに似通っていることが、そんな印象を想起させてしまう。
シモンという、オルバにとってのシーク以上の親友が傍に居たにも関わらず、グールは彼自身の理想を叶えることが叶わず、今未来の敵となろうとしている。
オルバもこのままなら、たとえグールを倒しても彼と同じ夢敗れた道を歩むことになってしまうのかもしれない、という危惧が自然と沸き上がってくる。
孤独は、どれだけその人が強かろうと長い時間をかけて心を苛んでゆくものだ。たとえ今は良くても、オルバもまた……という不安を吹き飛ばしてくれる人こそが、ビリーナ姫なのだろう。この女性は驚くべきことに、自然とオルバと皇太子ギル・メフィウスを重ね見るようになり始めている。ふとした瞬間、この二人を無意識に同一視しているのだ。オルバの正体を知らないビリーナとの断絶は、どれだけ二人の距離が短くなろうとも決して無くならないものだと思っていた。これは、オルバの正体をビリーナが知ってもなお、変わらないものだと自分は考えていたのだ。その正体が偶発的な事故からバレてしまう、或いはオルバがビリーナに自分の正体を明らかにする、そのどちらのケースでも生半なことでは隔意が残ってしまう、ビリーナに何も無くとも、コンプレックスの塊であるオルバがビリーナに何らかの蟠りや引け目みたいなものを残してしまうんじゃないか、と思っていたんですよね。ところが、ビリーナは自らの力でオルバの真実に辿り着こうとしている。ただ、オルバという人物の人となりを知り、深く深く理解していくことのみによって、だ。
オルバにとって、敬意と尊崇、ある種の憧れの対象であったビリーナは、その焦がれの意味を変えていつしかもっと純粋な意味でも、男が女に抱く情の対象へと移ろうとしていることは、ビリーナを喪いかねない状況を前にした時のオルバの焦燥からも明らかであり、その感情の自覚はオルバ自身も気づきつつある。
もしここに、ビリーナの方からオルバの張り巡らした壁をすり抜けてくるようなことがあれば、それはオルバの道行を照らす、本当の光になるんじゃないだろうか。
生まれながらの皇太子であり、光り輝く存在だったグールと違い、オルバは呪詛と憎悪の中から生まれ、怨嗟を胸に地べたを這いずることから始めた存在だった。そこから、立ち上がり、剣を取り、自らが戰う理由を見つけ出し、叶えたいと願う理想を手に入れた、いわば叩き上げの存在である。彼が常に抱え続ける陰りは、彼を支える柱と言っていい。しかし、その支柱は常に負の方向へとオルバを引きずり込もうとする闇でもある。その闇は、ともすればオルバをグールよりも最悪の暴君へと導くものかもしれない。孤独は容易に、人の心を頑なにするものだからだ。理想も、固く凝り固まってしまえば悪夢に変わる。オルバの周りの人間が抱く危惧はきっと的外れではないのだろう。だからこそ、彼にはビリーナが必要なのだ。絶対に、必要なのだ。それを、改めて再認識させてくれる佳境の回だった。彼女は、きっとオルバが道を間違えることを傍にいる限り許さないに違いない。もし、オルバの正体に彼女が自ら気づき、彼の真実の中に踏み込みさえすれば、きっとそれは絶対になるはず。
それなのにまあ、この段階でビリーナとオルバを再び引き離す展開にするとは、作者も相も変わらず凶悪すぎるストーリーテラーっぷりである。この人、ほんとに主人公とヒロインを一緒にさせないよね。これだけヒロインと主人公の接触時間が短い作品も珍しいんじゃないだろうか。
辛うじて、パーシルがついにオルバ=ギル・メフィウスという真相に辿り着いた事により、シークに代わる腹心候補を身近に生じさせる事で、ビリーナ離脱のカバーをしているとはいえ……本当にもう。

隣国の内乱も相まって、状況は混乱の一途をたどる中、ただひとつわからないのが皇帝グールの思惑だ。この男の底しれなさ、考えの読めなさはクライマックス直前に至ってより顕著になってきている。単純に暴君として振る舞い、狂信の溺れたというのなら、ビリーナの提案にああも愉快気に乗るはずもない。単なる悪役とするには、あまりに振る舞いが不明瞭なんですよね。グールと本来血の繋がらない皇太子の身代わりだったオルバの関係にもますます疑念が募るばかりですし、最後までこりゃ目が離せないなあ。

シリーズ感想