彼と人喰いの日常 2 (GA文庫)

【彼と人喰いの日常 2】  火海坂猫/春日歩 GA文庫

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「あの……どなた様でしょうか?」
「正義の味方様だ」

 鮮やかな朱髪の女性はそう言うと、
ドン
 迷わず十夜と黒衣に狙いを定めて対戦車ライフルをぶっぱなした!

 女性の名は因幡朱音。田中と同じ退魔省の職員だというのだが……
 駆けつけた田中のおかげで事無きを得た十夜だったが、代償として連続殺人を行なっている妖刀の持ち主を探すことに。だがその容疑者は、

「黒峰真白、一年生です」

 十夜と同じ学校の後輩だった!

 これは人喰いの妖と暮らしている少年の”非日常な日常”の物語。
「一体どうしてこうなった……」
「今回もよろしく頼むぞ我が主」
結局のところ、この日常を維持しているのは十夜のやる気のように見える。彼が全部嫌になって投げ出してしまえば、それだけで全てが破滅する。問題はその場合、破滅するのは十夜だけではなく、周りの人間や退魔省も含めた全てだ、と言う事だ。勘違いをしてはいけない、本当に主導権を握っているのは国家権力機関である退魔省ではなく、十夜少年の方なのだ。その点を、朱音はまるで理解していないように見える。或いは、彼女は十夜の人間性というものを見誤っているのではないだろうか。正義の味方である彼女が繰り返し十夜に敵意をひけらかし、お前は最低の人間だ、と罵倒するのは実のところまだ彼を「人間」だと捉えているからだと思うのだ。これが本当に心底から人類の敵であると認め、一切の余地なく正義の味方の排除する対象だと捉えているのなら、いちいち嫌味を言いに接触を図り、コミュニケーションを取ろうとするのは無意味に等しい。それを繰り返している時点で、朱音は十夜が根本的な所で自分たちと同じ価値観を有している人間だ、という認識を持っているのだと考えられる。
一方で、融和派であるはずの田中さんの方はというと、どうも逆に十夜のもつ倫理観や人間らしい価値観がひどく脆いか、薄弱なものだと考えている節がある。彼と朱音の認識が食い違っているのは、何も黒衣の戦力分析だけではないのではないだろうか。だから、むしろ田中さんは十夜との交渉の方にこそ繊細で慎重な姿勢を崩さない。十夜のそれに比べたら、黒衣との会話などぞんざいとすら言っていい。
安易に藪をつつけば蛇が出てしまう事を、彼は承知しているのだ。
実際、自分の目から見ても彼のもつ倫理性や人間らしさはとかく薄弱に見えてならない。彼が持つ執着は、幼馴染みに向けられたものだけだ。それも、彼女の幸せだけを願ったものとは程遠い消極的、もしくはマイナスを嫌いプラスを諦め、ひたすらにプラマイゼロを維持しようとする生産性の欠片もないものに過ぎない。
彼は言うほどには日常に固執しているようには見えないし、人らしさに拘っているようにも見えない。自分が犯した罪に悩み苦しんでいるようにも見えない。彼の在り方はどうも空虚で曖昧で、気迫なのだ。
ともすれば、ふとした瞬間に全部嫌になり、やる気を無くし、どうでもいいや、とそれまで保ってきたものを投げ捨ててしまいかねない、そんな危ういような薄い雰囲気を漂わせている。
彼自身も、無意識な自覚があるのかもしれない。だからこそ、自分に負荷をかけ続けているようにも思える。自分に最低だというレッテルを貼り続け、周囲からもプレッシャーを受け続けることによって、義務感や責任感という錨を下ろし、フワフワと浮き上がり希薄化してしまいそうな自分を押しとどめている素振りが見えるのだ。
黒衣は、そんな主人をただ笑って眺めているだけだ。彼女には悪意も恣意も何もない。ただ求められることに応じているだけなのだ。だからこそ、今回の一件の重要なキーワードである妖刀について、積極的に何も語らなかったんじゃないだろうか。黒衣の無関心は、同時に主人の底意ではなかったか?
真白は、確かに十夜の行為によって救われた。傍目には、彼が必死に真白を庇い、朱音を説得したから場が丸く収まったように見えるかもしれない。事実、それが真実だったのかもしれない。自分の意志で罪を犯した十夜自身と違って、自分の意志ではなかった真白は救われるべきだ、と十夜が考え、拘ったからこそ事態は打開されたのは間違いないのだから。
でも、同時にそのこだわりの根底に、十夜の自己満足があったのも確かなのだ。そして、その自己満足と自虐による昏い愉悦こそが、彼の一般的な感性を摩耗から護り、彼を人間に押しとどめているのだから、何とも危うい話である。
退魔省は、十夜よりもむしろ黒衣の方にアプローチを仕掛けた方がいいんじゃないだろうか、とすら思える。まだ現状を楽しいものとして享受している黒衣の方が、虚無に近しい十夜よりも先々についての話が出来そうなんじゃないだろうか。まあ無理か。彼女はあくまで受動的である事について揺るぎがない、不変性すら有していそうだもんなあ。

まあ何れにしても、どうやったって現状維持が最良という救われない話である。救われるべき人間があんまりいなさそうというのも、また不毛である。

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