東雲侑子は恋愛小説をあいしはじめる (ファミ通文庫)

【東雲侑子は恋愛小説をあいしはじめる】  森橋ビンゴ/Nardack ファミ通文庫

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わたしは本当に、あの人のことが、憎くて憎くて、ならないのです。
2年に進級した英太と東雲。東雲との関係が公になったことで心なしか賑やかな学校生活になってきた英太とは対照的に、東雲は初めてのスランプに陥っていた。そんな折、演劇部の女子喜多川が、「学園祭の舞台の脚本を東雲さんにお願いしたい」と英太に頼み込んでくる。その頼みを気分転換も兼ねて引き受けることにする東雲だが、思うように筆の進まない東雲と、奔放な喜多川に振り回される英太は少しずつすれ違っていき……。もどかしく苦い、第2章。
はい、傑作きました。その2。
すみません、私これ、めちゃくちゃ好きです。この主人公の男の子の繊細で不器用で、何より純情極まる心持ちが、大好きなのです。読んでいると、この子の思い込みというか、誤解や勘違いには随分ともどかしい気持ちにさせられるのですが、決して不快になったりイライラさせられたり、というのはありません。それは彼が決して東雲侑子との関係に妥協や無関心を介在させないからなのでしょう。彼は彼なりに、侑子の事を考え、彼女の為になるように、彼女の助けになるように、気を遣い、心配りをし、彼女が喜んでくれるようにと考えて行動を選んでいるのです。そこに押し付けがましさは欠片もなく、控えめに、そっと陰から支えるような趣で。
もっとも、それらの心配りは概ね裏目に出てしまうのですが。
幾ら良かれと思っての事とはいえ、所詮は自他ともに認める、他人の心が分からない人間です。そんな子が、相手の気持も確かめずに勝手に判斷して動いてしまっては、そりゃあ齟齬が出るというものです。
面白いのは、まったく同じ事を相手の東雲侑子もやってしまっていた、というところでしょう。彼女の心情は幕間に描かれる彼女の手がけた短編「いとしくにくい」に色鮮やかに浮き出ています。この娘もまた、瑛太の心の内側を自分の不安を投影して勝手に形作ってしまい、それを彼の本音なのだと知らず知らずに思い込んでいってしまうのでした。
二人して、自分の中で創り上げた虚像を本物だと思い込み、それに合わせて行動するためにどんどん本物のそれとズレていってしまうすれ違い。ほんの少し、相手の側に踏み込んで、相手が何を考えているかを知ろうとすれば埋まってしまうズレだったのに。
でも、他人の本音を知ろうとするって、本来は勇気のいることなのです。怖いことなのです。人と関わることをついつい避けてしまう人は、そんな些細な一歩を踏み出す事に躊躇いを覚えてしまう臆病さを積もらせていってしまう。英太も侑子も、元々他人と関わることを自然と避けてきた子たちだからこそ、なけなしの勇気を振り絞って一緒にいる関係に、恋人として付き合う関係を成就させた段階で、満足してしまったのではないでしょうか。
恋とは、そこで終わるものではなく、変化していくものだと、或いは変化しないように努力していくものなのだということを知らないまま。
まったく、なんて似た者同士のカップルなんでしょう。
その点、英太の兄貴の景介は結構楽している気がするなあ。受身同士で、よっぽど事態が深刻化するまで両方共動こうとしない英太と侑子のカップルと比べて、こちらは有美さんが随分と普段から溝を埋める努力をしてくれているように見える。だからこそ、有美さんが努力を放棄してしまったら、一気にえらいことになってしまった上に長期化してしまう始末。
まあ、兄貴も英太が思ってるほど泰然自若としてたわけじゃないんでしょうね、あれ。もし、景介の心情描写が描かれたら、英太も斯くやというマイナス思考と焦燥のスパイラルが覗けた気がします。英太が思っている以上に、この兄弟は似た者同士ですよ。

侑子はぶっちゃけ、生半可な事では相手ができないくらいに「重たい女」なようですが、幸いなことに英太もまた、同じくらいに「重たい男」なので、釣り合いはとれているのでしょう。両者とも、重たさに関する感性が鈍いので、何も気にならないようですし。何より、あれだけ相手に夢中で他のことなんか目に入らないくらいなら、重たさなんか感じる余地もないでしょうし。
喜多川ちゃんは、もう残念でした、としか言いようがない。こればっかりは、恋人の居る男を好きになってしまったが故の避けられない痛み、なんだろうけれど、ある意味二人がもたもたしていたがゆえに喜多川本人も予想外の形で本気にさせられてしまった、隙間にハマり込んでしまった、とも言えるので、可哀想っちゃあ可哀想なんですよねえ。それなのに、サッパリと跡を濁さず、後を引かず、全部飲み込んで割りきってくれた喜多川は、イイ娘ですよ、ホント。惨めさにいじけることなく、強がりだろうと笑ってみせた彼女は、かっこ良かったです。モテるのも当然だわ。

三巻目があるかはわかりませんけれど、この様子ならぜひ読んでみたいです。

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