源氏 物の怪語り (メディアワークス文庫)

【源氏 物の怪語り】 渡瀬草一郎  メディアワークス文庫

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 千年の時を経て――
 なお歴史にその名を残す希代の文人、紫式部。
 中宮彰子に仕えつつ、『源氏物語』を書き綴る彼女の傍らには、とうの昔に亡くなったはずの“姉”がいた。
 愛娘の賢子にとり憑いたその姉に導かれ、紫式部が出会うのは、四人の歌人と四季を巡る四つの物語。
 伊勢大輔、和泉式部、中宮彰子、赤染衛門――当代の歌詠み達の前に現れる物の怪は、時に恐ろしく、時に儚く……けれど人の心を映し、朧々としてそこに在る。
『陰陽ノ京』の渡瀬草一郎が贈る最新刊。
何故に、この人の絵描く平安絵巻はこんなにも生きている人を感じられるのでしょう。生活感、というと少し違う気もするのですが、登場人物たちに確かな生の感覚があるんですね。歴史上の人物、特に平安時代の人々なんてものは、どこかおとぎ話の住人のような印象があるものなのですが、あとがきでの語りに絡めて述べるならば、千年前と言えども今と地続きで、そこには今と変わらない「人間」が、幾つかの価値観や考え方が違っていても今の人達と変わらない喜怒哀楽の感情を持った人たちが暮らしていたんだなあ、という実感がこの本を読んでいると得られるのです。平安時代の風俗がしっかりと描かれているのも、うそ臭い書き割りの虚構を感じさせない要素なのでしょう。
それでいて、生臭さは感じないのです。
生と死の境界が曖昧で、ともすれば強い感情に引きずられて魂が身体を離れてしまいような、肉体と魂魄の繋がりがどこか薄い、夢幻の幽玄の世界が表裏となって横たわっている時代。死がとても身近で、それゆえに生の美しさを実感しているかのような、「現もまた夢の如く」とでもいうかのごとき死生観を持つ人々が暮らす時代。
この「幽か」な雰囲気は、酩酊にも似た感覚を以て心を惹くのです。読後も、いつまでも余韻が残るのが心地よい。これは、渡瀬さんの平安もの独特の感覚だよなあ。これ、ハマるんですよ。

今まで紫式部や和泉式部などといった人たちには、歴史上、文学史上の記号的な認識しかなかったのですが、この作品を読んでしまうともういけませんね。単なる記号、コマではなく、その時代を生きた人として、どんな人だったのか、どんな人生を歩んだのかという生きた人間としての彼女たちに興味が湧き、そんな彼女たちが残した作品や、彼女らが生活の場とした平安という時代そのもの、そして朝廷内の人間模様まで気になってくる。そもそも、歴史に興味を持つ、ということはこんな風に人に興味を持つ、ということから始まるのでしょう。
今回の紫式部こと藤式部が主人公となる四篇のお話は、彼女に絡んだ幾つかの逸話を題材にしていることからも、新たに湧いた好奇心を満たし、擽る仕様になっています。お話を読んだあとに、彼女らに関するWikiなんかを読んでみても面白いかも。ああ、このエピソードが元になっているんだ、と知ると同時に、記述すれば単なる一文にすぎない歴史の一コマに、こんな物語が、こんな人々の想いが込められ巡り巡っていたのかと思い描くと、また心躍るのではないでしょうか。私は踊りました。
ここで描かれる紫式部は既に夫君に先立たれ、娘である賢子(この娘もまた有名な人なんですね。この作品を読むまで全く知りませんでした)を育てながら女房として出仕し、また小説の書き手として名を馳せる三十代後半というお年ごろの女性なのですが、娘に取り憑く二十代の頃に亡くなった姉の幽霊と絡むことが多いからか、妙に若々しい少女然とした姿を見せて、随分と可愛らしい一面も見せてくれます。それと同時に、中宮彰子に仕える女性の中でも赤染衛門に次ぐ筆頭格として、皆に慕われ信頼される困っている人を見捨てられない頼もしくも優しい一面もあり、と実に魅力的な女性として描かれています。もう一人、奔放な女性として描かれる和泉式部と相対するときなどはつっけんどんで大人げなかったり、という一面も見せてくれるんですけどね。
史実では、日記に和泉式部について「あの娘、歌はとんでもなく上手いんだけど、素行が悪いのよね」などという意味の言葉を残している紫式部ですが、本作では仲が悪いのではなく、むしろ唯一といっていいくらい遠慮なく言いたいことを言える間柄同士みたいな感じで描かれています。ケンカするほど仲が良い、というのとは少し違うか。素行の悪い不良少女に目くじらを立ててばかりの委員長、と言った感じで当人は嫌っているつもりだけれど、実際はすごく気にかけている、みたいな。和泉式部の方は邪険にされたり説教されたりと辛辣な態度をとられてばかりなのに、気にもせずすっごく紫式部に懐いて信頼してますしね。傍から見ても、二人は良い友だち同士に見えるようで、実際作中でもこの二人の絡みは見ていてとても楽しかったです。
【陰陽の京】を描いた渡瀬さんらしく、陰陽師も登場はするのですが、本作ではあまり活躍の場はありませんでした。物の怪とタイトルにはありますけれど、真性の化生が相手ではなく、どちらかというと人の心のうちから溢れ出した想いが化けたというべき、幽かな存在が絡んでくるお話となっていましたし。故にこそ、人の想いと向き合う話に、いずれの物語もなっていたようです。
ちなみに、本作は【陰陽の京】の時代からはおおよそ40年ほど下った時代で、あちらの登場人物は殆ど名前も登場しません……殆どということはチラリとだけ名前出てる人はいるんですよね。安倍吉平とか、賀茂光栄らはどうやら陰陽寮のえらいさんになっていたようで。吉平なんか五十代ですよー。さらに付け加えると、吉平の長男も登場しているんですが……安倍時親、彼の融通のきかなさそうな、頭の硬そうなところはこれ絶対母親似だよなあ(笑 晴明よりも頭柔らかそうだった吉平の息子とは思えないくらい硬っ苦しい男である。
あと、どうでもいい話なんでしょうけれどね、この時親、年齢が既に四十代に達しているようなのですが、吉平の方は五十余歳と表記されてるんですよ。二人の年齢を差し引いてみると……吉平くんよ、あんた貴年にいったいいつの段階で手を出したんだ、おい! 【陰陽の京】では二人の恋愛模様を、吉平の押し捲りの口説き攻勢にこいつ本当に12歳か!? と冷や汗を垂らしながらもまだまだ子供、幾らプロポーズしてたってまだ先の話だよね、と侮って見ていたのですが、もしかして早晩押し切られて押し倒される運命にあるのですか!? そ、早熟にも程があるだろう。さすがだ、平安時代!! 凄いぜ、平安時代!! いや、この場合時代が云々じゃなくて、純粋に吉平が凄いんだな。すげえぜ、吉平さんw

渡瀬草一郎作品感想