鳩子さんとラブコメ (富士見ファンタジア文庫)

【鳩子さんとラブコメ】 鈴木大輔/nauribon 富士見ファンタジア文庫

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僕こと平和島隼人は、平和島財閥の跡継ぎ候補。いずれ財閥のトップに立つべく、メイドの鳩子さんから帝王学を学ぶ日々なんだけど―「坊ちゃま。ぶつぶつ独り言を呟かないでください。気持ち悪いです」「坊ちゃま。わたくしに押し倒されたくらいで動揺するようでは、跡継ぎ候補として失格です」「坊ちゃま。いくらわたくしが絶世の美女だからといって、いやらしい目で見ないでください。警察を呼びますよ」…うん、今日も鳩子さんは平常運転で容赦ないね。そろそろ新たな性癖に目覚めそうだよ僕は。―ド直球ラブコメ。
なにがド直球ラブコメだよ。全然直球じゃないよ! いや、直球だ変化球だというんじゃなくて、既存のテンプレ的なラブコメと則ってるルールが違うというべきか。
実に面白い!!!
なにが面白くって、どうルールが異なっているのかと言えば、この物語って恋愛が目的じゃなくてあくまで手段なんですよ。いや、そう言うと語弊があるか。
この物語の中で起こっている事というのは、紛れも無く一つの「ゲーム」なのです。それも、キッチリと勝ちと負けが存在する、好きという自らの感情すらもチップにして駆け引きする恋愛ゲーム。そしてその対戦者こそ主人公である隼人であり、メインヒロインであるところの鳩子さんなのであります。彼らは明確な自覚と意志のもとにゲームの盤上にあがり、プレイヤーとして対戦者を完膚なきまでに屈服させんと奸智の限りを尽くすのである。
尤も、どうも鳩子さんは隼人のことを舐めてた節がありますね。散々自分で隼人に自分たちの関係はまず平和島財閥の後継を争うライバルであると言い聞かせていたにも関わらず、隼人を対等な対戦相手とは認識していなかったんじゃないだろうか。鳩子さんの最終目的が何処にあるのか、最後の彼女の暴露によってちょっと判断しづらいところになってしまったので、果たして鳩子さんの隼人への態度が本気の教育だったのか、自分に精神的に屈服させるための調教だったのか、はたまた八ツ当たりめいた嫌がらせだったのか、自分を選ばせるための馴致だったのかはわかりませんが、何れにせよ鳩子さんには隼人が本当の意味で自分の主人であり兄であり財閥後継を争うライバルだという認識はなかったように思える。むしろ、彼女にとって殲滅スべき「敵」は別にあった。その点においては鳩子さんは実に順当にラブコメのヒロインをしていたと言ってもいいのかもしれない。

その隼人への認識不足に基づく油断が為に、鳩子さん程の才女がとてつもない逆襲を食らってしまうハメになるわけです。
ただのおとなしく人畜無害な草食獣であり、振り回し飼い慣らし振り向かせ自分を愛し慈しむように躾けるべくする相手に過ぎないと思われていた主人公が、実は自分の恋愛感情ですら武器として憚らない奸智に長けた獰猛にして冷静沈着な狐狸の類であったのだと知った時には既に手遅れ。哀れ鳩子さんは見事に手足を封じられ、良いようにねぶられても抗えないまでに首根っこを押さえられかけてしまったのでした。
そこから、攻守逆転して食べられ放題、とならず見事に再逆襲に転じるあたりは、流石は鳩子さん、と言ったところなのかもしれませんが、あれは何気に鳩子さんにとってもリスク高め、自爆覚悟のカードだったんじゃないかな。
本来ならゲームの盤上に上げずに秘密裏に葬り去ろうとしていた相手を、自分が生き残るためとは言え、結果として舞台上にひきあげてしまうことになりかねない状況に自らしてしまったわけですから。

そのもう一人の潜在的なプレイヤーであるところの、鳳杏奈もまた面白いヒロインなんですよね。この娘、典型的な素直になれないツンデレキャラにも関わらず、なかなか巧妙な立ち回りをしていて、あんたなんか別に好きじゃないんだから、と言いながら彼とは政略結婚する予定なの、と自分で広言して回ることで生半可なことではまず隼人に他の女性が手を出せないように絶対強固な防衛線を張り巡らせる、なんて真似をしていたのです。
いや、そこまで言うなら普通に告白して付き合っちゃえよ、と思わないでもないんですけどね。でもまあ下手に付き合って仲を拗らせるような事になってしまう危険性を回避して、現状のままなし崩しに結婚まで持って行ってやろう、という心づもりだったのかもしれませんし、その戦術は実際上手く行きかけてたのかもしれません。隼人が財閥後継争いに加わることになり、鳩子が現れるまでは。
ぶっちゃけ、隼人への攻略戦しか頭になかった杏奈にとって仮想敵としてすら想像もめぐらさなかった鳩子の強襲は不意打ちでしかなく、完全武装で最初から殲滅戦の勢いだった鳩子に比べて、彼女の準備不足は否めず哀れなほど一方的に蹴散らされてしまうんですね。隼人の横槍がなかったら、まずここで彼女は完膚なきまでに壊滅させられていたでしょう。その意味では、鳩子さんは最大のチャンスを逸してしまったと言えるのかもしれません。
まだはっきりとはわかりませんけれど、これ以降杏奈もまた正式にして対等なゲームのプレイヤーとして盤上に上がってきた場合繰り広げられるのは、ラブコメという甘味とは程遠い三つ巴の闘争です。お互いを好きなんてのは既に前提。それどころか、相思相愛の事実ですら武器と成し、キャッキャウフフと相手の首を獲りに行く、巧緻を極めた恋愛ゲーム。これは、面白すぎですよ!?

本当なら、最初はこの作品手を出すつもりもなかったのですけれど、ついついフラフラと興味を引きつけられてしまったのは表紙の良さによるものでした。この鳩子さんの表紙絵はなかなか強力な吸引力でしたよ。