紫色のクオリア 1 (電撃コミックス)

【紫色のクオリア 1】 綱島志朗/原作:うえお久光 電撃コミックス

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紫色の瞳をもった少女・毬井ゆかり。
彼女は、ニンゲンがロボットに見えるという――。
各評論等で絶賛されるなど、世に大いなる衝撃を与えた電撃文庫作品をコミカライズ!!


紫色のクオリアである。

未だにこの原作である小説を読んだ時の衝撃は色鮮やかだ。特に物語の後半「1/1,000,000,000のキス」に突入してからの次元を超越した疾走感は、今思い返しても呆然としてしまう。ライトノベルという括りから出されたSF作品としては間違いなくラノベ史上屈指の傑作だろう。
紛う事無き傑作だろう。
だからだろうか、後半のインパクトが強すぎてついついこの作品を語るときには「1/1,000,000,000のキス」のことばかりを語ってしまう。脳裏に思い出されるのはいつだって、ガクちゃんが走りだしたあの後編だったのだ。
でも、この【紫色のクオリア】という作品のコミカライズにあたって、改めて最初からこの物語を見つめ直す機会を得た今回、私は新たなる衝撃をうけることになったのでした。

これ、後半に突入する前から、最初から超特急で傑作だ!!
ヤバいわ、この巻のラストシーン近辺、わかっていても鳥肌が立った。綱島志朗、パないわ。元々この作品自体、うえお久光と綱島志朗のコラボ企画によって生まれた作品で、小説の方の挿絵も綱島志朗さんが担当しているように、作品の理解度については心配のしようもないところでしたけれど、それでもコミカライズとなればそう簡単に行くとは思わなかったんですよね。……ちょっと舐めてたかもしれない。完璧だわ、今のところ。多分、言われなければこれが原作付きのコミカライズとはまずわからないんじゃないだろうか、という隙のない出来栄えでした。というか、私自身一旦原作のことは忘れて思わず夢中になって読んでた次第。のめり込んでたなあ、我ながら。
さらには、漫画になったことで視覚情報としてマリイの異質性を目の当たりにできたのは新鮮な心地にさせられた。あのシーン、あんなことになってたのか。
マリィの目は人間がロボットに見えてしまう、人と器物の区別が付かない、という風に冒頭から説明され、それは大筋として間違ってはいないのですが、でも根本的に間違ってもいるわけです。途中、天条が訴えてくる警告は、実のところ比喩でも例えでもなく、全くそのままの意味だった事が追々わかってくるわけだけれど……端的に言うなら、マリィは目や脳がおかしくて見ているものが普通の人間と違ってしまっている、のではないんですよね。まったく、そういう事じゃないのです。見ている世界が違うのではなく、存在している世界そのものが違ってしまっていることを、まだ誰も理解が及ばない段階に居る。
ぶっちゃけその差こそが、「1/1,000,000,000のキス」においてもガクちゃんの前に立ち塞がる壁となるのだ。原作の感想を書いていた時、何故ガクちゃんは最後まで目的を達成デキなかったのかについて、読破後の興奮や冷静になれずに頭に血がのぼっていたのも相まってか、疑問への明確な答えを導き出せず仮定しか並べられなかったのだけれど、こうして漫画化された最初のエピソードを見て、マリィという少女の本質的な違いを実感した今ならその理由に納得が得られる気がする。
ゆえにこそだ、早く綱島志朗の絵描くあのスタンピード「1/1,000,000,000のキス」を見てみたい。絶対に読んでみたい。
あの傑作を、もう一度目撃したい!

待ってます。

原作:紫色のクオリア感想