ドラフィル!―竜ヶ坂商店街オーケストラの英雄 (メディアワークス文庫)

【ドラフィル! 竜ヶ坂商店街オーケストラの英雄】 美奈川護 メディアワークス文庫

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寂れた町に、オーケストラと言う名の『ドラゴン』が舞い降りる――!!
 音大を出たけれど音楽で食べていく当てのないヴァイオリニストの青年・響介。叔父から紹介されて彼がやってきたのは竜が舞い降りた――と思われる程に何もない町、竜ヶ坂の商店街の有志が集まったアマチュアオーケストラだった。
 魚屋のおっさんから女子高生、スナックのママまで、激烈個性的な面子で構成されたそのアマオケを仕切るボスは、車椅子に乗った男勝りの若い女性、七緒。彼女はオケが抱えている無理難題を半ば強引に響介へ押し付けてきて――!?
 竜ヶ坂商店街フィルハーモニー。通称『ドラフィル』を舞台に巻き起こる、音楽とそれを愛する人々の物語。

うおおおおおおお!! ドラフィルちょーー面白れぇ!!!

いや、これすげえわ。音楽モノとしては杉井光【さよならピアノソナタ】以来のヒット。アレとはまた違う方向から、魂を揺さぶられ、体の芯から高ぶる興奮を得られた一作でした。演奏シーンの迫力がまた凄いんですよ。文章から音楽が聞こえてくるどころじゃない、音塊を生でぶつけられるような圧力が襲い掛かってくる。轟々と、竜の咆哮みたいな波が押し寄せてくる。【のだめカンタービレ】や【天にひびき】の最高潮のシーンを彷彿とさせるような、意識を鷲掴みにされ、タクトの切先の動きに引っ張りまわされ、音の奔流にドカンと飲み込まれるような、恍惚とした瞬間を嫌というほど味わわされた。

すげえわ、これ。

物語の世界観とはまた別の独自の「世界」が生み出され、その真っ只中に放り込まれ、ただただその目覚ましさに音の世界を仰ぎ見る。こんな最高の体験が出来るなんて、痺れるどころの話じゃないですよ。

素晴らしかった。

デビュー作のシリーズである【ヴァンダル画廊街】でも、有名な絵画をモチーフとした数々の話の中に、一人の音楽家を主人公にしたお話があって、それがまた素晴らしい出来栄えだった記憶があるのですが、この美奈川さんという人の筆は、絵画やクラシック音楽など芸術作品をテーマをした時にこそ真価を発揮する独特の空気感があるんですよ。一つの絵画、ひとつの楽曲に込められた製作者の想いとそれが作られた個人の、或いは時代の背景、そして現在に至るまでその作品に関わってきた人たちの思いに基づく歴史の年輪を、この人の筆致は色鮮やかに描き出し、その上で今この瞬間にその作品に関わっている人の物語に絡めて、独自の「世界」を生み出していく。
この「名作」として今に残る作品たちの纏う「オーラ」を、この人の筆は自在に束ね、操り、その感覚的な大きな存在感を、雰囲気として物語の中に敷き詰めていく。その手腕が、本当に見事なのです。
メディアワークス文庫に移ってから最初に出した【特急便ガール】が、ヒューマンドラマとして格別の出来栄えだったのにも関わらず、少し物足りないな、という感覚が常につきまとっていたのは、多分この芸術作品と今を生きる人の人生との交錯と一体感がなかったからなのかもしれません。
それが今、クラシック音楽とオーケストラ、という主題を携えて、骨太で温かく妥協のないより昇華されたヒューマンドラマに挑んだ本作は、まさに美奈川護という作家の現段階での集大成と言わんばかりの素晴らしい完成度で、もう文句の付け所が見当たりませんでした。敢えて言うなら恋愛色の薄さですけれど、この人はもともとそういう色恋は主人公やヒロインの主体の中には盛り込まないタイプの人のようで、今まで描いた作品の中でもそういう色は一切見かけた事はないので、わざわざ付け加えるのも無粋という話でしょう。遠まわしに見るならば、七緒と主人公との間に育まれた絆の果てには、ちょっといい雰囲気も芽生えてた気もしますし。

いやあ、それにしてもすごかった。なんか、凄かったばかり言ってる気もしますけれど、音楽を通じて交錯する人と人との縁や繋がり、人生が重なる瞬間をこうもダイナミックに、感動的に見せられると、凄いなあとしか言えないですよ。本来ならまじわる事のない一人ひとりの人間の人生が、ちょっとした縁でつながっていく。その目に見える形の一つが、オーケストラという集団で一つのことを行う行為であり、そこに音楽という人類にとってとてつもない魔とも神とも付かない領域のものが絡むことで誕生する奇跡と言う名の結実。その魂が震えるような美しさに、ただただ溜息をつくばかりでした。
人の優しさ、素朴な好意、温かな気持ちの繋がり、さり気ない愛情。そういった当たり前の素晴らしいものを、この田舎と都会の中途半端な狭間にある特徴のない街の商店街で見ました。そして、聞いたのでした。

胸がいっぱいになった、傑作でした。しばらく、このまま余韻に浸っていたいです。