勇者になれなかった俺はしぶしぶ就職を決意しました。 (富士見ファンタジア文庫)

【勇者になれなかった俺はしぶしぶ就職を決意しました。】 左京潤/戌角柾 富士見ファンタジア文庫

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勇者試験直前に魔王が倒されてしまい、勇者になれなかった少年ラウル。幼い頃からの夢が破れて腐っていたラウルは、王都にあるマジックショップで働く日々を送っていた。そんなある日、一人のバイト志望が驚愕の履歴書を持ってショップに現れる―。名前・フィノ、前職・魔王の世継ぎ、志望動機・親父が倒されたから。魔王の子供・フィノの教育系に指名されたラウルだったが…。「敬語ってのはな、丁寧な、かたい感じの言葉遣いだよ」「フハハハハ。よくぞ我がレジまでたどりついたな、お客様め!」「ストップ!ストップ!…いったん落ち着こうか」勇者の卵と魔王の卵が織りなす、ハイテンション労働コメディ。第23回ファンタジア大賞金賞受賞作。
あらすじやタイトルから、てっきりファンタジー世界も不況で世知辛いんですよ、というシチュエーションだけ決めて、あとは適当に魔王の娘に慣れない生活をさせてその空気を読まない言動を主体にしたドタバタのノリで賑やかに押し切るだけのコメディだと思って手にとったんですが……いやこれ、わりとテーマが真剣というか、書こうとしている題材が思いの外重たく真面目で、殻こそドタバタコメディで覆ってますけれど、芯の部分は茶化して誤魔化す事無く、真剣に書こうという意図が見えていて、思わず感心してしまいました。
「みんな自分のために働いてるのに、それが他のみんなの役に立つんだよ! これって、ほんとにすごいシステムだと思わないかっ!? いったい誰が考えたんだよ、こんなこと! 人間って、ほんとにすごいなっ!」
弱肉強食、弱いものを虐げ強いものが欲望のままに振る舞う、という恐ろしく原始的で社会性というものが殆ど皆無に等しい価値観の中で育ってきたフィノが、人間の社会システムのシンプルだけれど根幹とも言うべき部分を理解した時の感動は、同時にそれを当たり前と捉えてきた自分たちにとっても、ある意味新鮮な驚きとして伝わってきたのでした。このセリフを見た瞬間、このシリーズはとことん付いて行こうと思いましたね。
タイトルこそ、「しぶしぶ就職しました」だけれど、この物語ってさり気なく働く事の意義を説く話でもあるんですよね。今の世の中、働くことって所詮生きるための金を稼ぐためにやらなきゃいけないことで、自分の仕事に、働くこと自体に誇りや意義を持ってる人って、一昔前に比べればやっぱり少なくなってきてると思うんですよ。かくいう自分も、そんな一人だという自覚があります。
でも、この話では実に真っ向から、たとえただ金を稼ぐためだとしても、世界のためでも世間のためでも国の為でもなく、ただ自分のために働き、金を使うこと、それ自体に意義があり、社会を健全たらしめているのだと、もう正攻法も正攻法で説いてくるんですよね。それを、生産性のかけらもない、ただ奪うだけの魔人の世界から来たフィノの視点から、とても素直で裏のない純朴な感覚から語られるから、こちらもついつい、ああ社会システムってのはシンプルに捉えれば、その根底ってそういうよく出来たものなんだなあ、と改めて素直に思うことができるのでした。夢破れて、いやいや仕方なく働いていた主人公のラウルからして、その事実は目からウロコだったようで、少なくとも自分がとても無意味に生きていると自虐と消沈に溺れる事はなくなったのでした。自分のしていることに何らかの意義があるのだと、思えることは幸せなことですよね。
それに比例して、「勇者」という存在もまた非生産的で、それどころか様々なものを「食い物」にして維持されてきたものだと分かった時、夢の正体を知ってしまった時にこそ、自分の立っている場所を改めて見直す事のできる余地があったというのは、ラウルにとってフィノの存在というのはなかなか運命的なものがあったのではないかと。
「勇者」システムも、本来なら必要不可欠で有用な存在だったはずなんですけどね。どんな制度もシステムも、現状を踏まえた上で適時変化を加えて行かなければ、容易に腐り機能不全を起こしてしまうものなんでしょう。たとえ、そのシステムを廃することで、これまで維持されてきた社会システムに大きな揺り返しが起こり、被害が出るのだとしても、そのまま放置していたら歪はどんどん大きくなる一方で、取り返しのつかないことになってくる。そうした真理って、耳に痛いですよね。現在の大きな損害か、将来のより大きな損害かの選択を迫られた時、ほとんどの人はついつい将来にツケを回すことを選んでしまう。結局、こういう現状の破壊というのは、大勢の意思ではなく、個人の独断でやってしまわないと成立しないものなんかなあ、と考えさせられたのでした。
ともあれ、一度壊れた旧来のシステムを、未練がましく取り戻そうと立ちまわる姿の醜悪さは、目を覆わんばかりの惨たらしさで、そんな我執、欲望に付き合わされるこれからを担うはずの若者こそいい迷惑なんですよね。
フィノも、ラウルも、約束されていた未来を破壊され、何も持たずに放り出されてしまった子たちではあるんだけれど、それは同時にこれまで世界を縛っていたルールから解き放たれた、無制限の自由を得た次世代の若者たちとも言えるんですよね。途方に暮れて、道を見失うのではなく、ちゃんと自分たちが何にでもなれるのだと気づいた彼らの先行きは、魔王や勇者なんて古いシステムなんかよりも遥かに輝いているはず。
まずは場末のチェーン店の店員から、というのは世知辛い話ですが、正社員! 正社員なんですから、夢も希望もたっぷり持とうよ! 何もかも失った境遇でも、目を輝かせて新たな価値観を得ることに喜びを隠さないフィノの可愛らしさも、そんな彼女の姿に感化されて地道に働く自分に誇りを取り戻していくラウルも、とてもイイ子たちで、このまま素直に応援してあげたい新シリーズでした。
いきなり不況の煽りで無職とか自宅警備員とか、ホームレスとかにならないことを祈りつつ、既に二巻はゲットしてあるので、さっそく続きを読みたいと思います。