封殺鬼 クダンノ如シ 中 (ルルル文庫)

【封殺鬼 クダンノ如シ(中)】 霜島ケイ/也 ルルル文庫

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鬼を使役する少女が女学院の怪異に迫る!

帝華女学院に潜む闇。その鍵を握ると思われる穂積妙子が、ついに桐子たちの前に姿を現した。しかし普通の少女にしか見えない彼女は、自分がなぜ魔性と呼ばれるのかを知らないという。桐子と清香が学院内で調査を続ける一方で、学院の外では弓生と聖が動いていた。それぞれが得た情報を重ねあわせた時、隠れていた真実が見えてくる――。桐子と清香、そして妙子の恋心にも要注目な第二弾!
おいおいおいおい、ついに桐子が「男なんて!!」なんて年頃の女の子みたいな事を言い出しましたよ!! マジかー。つい先日まで普通の若い女性らしい感性どころか、一般的な価値観からも遠ざかった浮世離れした闇の担い手だったのに。
なんか、視点が弓生や聖と同じく完全に保護者ポディションにハマってしまって、桐子の一挙手一投足にハラハラドキドキしてしまっている自分が居て、なんだかおもはがゆい。これが親心というものか。宇和島夫婦みたいにどっしり構えられたらいいんだろうけれど、こればかりは年季の差だなあ。って、弓生と聖は千年来生きてるから年季で言うなら誰にも負けないはずなんだがなあ、なんでああも腰が定まらないんだか。桐子が、なんで長生きしている連中ほど成長しないんだ、と愚痴るのもあの二人などを見ていると、しみじみと納得してしまうばかりだ。
さても、時代は昭和の動乱期。この頃の都市部の庶民の生活風景や、新たに出回り始めた新商品など、興味深い時代風俗の話も散りばめてあって、そんな観点からも実に楽しませて貰っている。バスクリンって、こんな戦前の昔に登場してたんだ。てっきり、戦後も戦後。自宅に風呂が普通に常備される時代に入ってからの商品だと思っていた。
そんな物品豊かな都市部と違い、田舎や農村部は貧困が進み、都市部との格差が大きく広がっていたのもまた事実。そうした過酷な生活状況は、華やかなはずの帝華女学院にも反映されていて、異能の力を求められてこの学園に集められた女子には、実家が困窮を極めている者も少なくなく、支給される奨学金を細々と実家に送り続けている子も珍しくないという。この時代、口減らしのために子を奉公に出すどころか、遊郭まがいの場所に身売り同然に流される事も多々あったわけで、女学生にして貰えて奨学金まで貰えるという帝華女学院はマシな境遇どころじゃない、非常に恵まれた場所なのでしょう。たとえ、強大な魔の存在の気配に怯えながらも、逃げられない理由が彼女たちにはあったわけだ。
時代の歪みが、こんな場所にも形を変えて跳ね返ってきている。
軍国主義が徐々にはびこり、5・15事件の勃発も相まって、破滅の気配が暗雲よろしく中、それでも少女たちにとって十代のその次代は青春の時代でもあったのでした。三人女がよれば姦しい、なんて事は言わずもがなですが、何故か予言を為す怪異「件」を巡るはずの一連の自体は、何故か非常に入り組んだ三組の男女の恋模様の話へとスライドしていたわけで……どうしてこうなった? まるで少女小説のような展開じゃないか!! いやこれ、ルルル文庫なんですけどね! カグヤのあの桐子と志郎への不可解な態度の謎は、そういう事だったのか。これは、カグヤ本人が自分はちゃんと当主になれないんだ、みたいな事を言い出してくれたお陰で、ようやく「あれ?」と思えたぐらいで、それまでは端から疑問を抱いてなかったんですよね。まったく疑っていなかった。そういうことだったのか。そりゃあ、清香も曖昧な態度を取るわさ。と、思ったら清香もそういうことだったの!? 
この先、数々の難事が待ち構えている桐子にとって、同性の気のおけない親友がいる、いないはとても大きな違いがあると思うんですよ。裏の大家、神島家の当主として闇を仕切っていかなければならない桐子は、必ず孤独を強いられることになります。その彼女に、思い出としての友人ではなく、立場を超えて繋がる何十年にも渡って続く友誼があるかないかは、本当に大きな違いだと思うのです。だからこそ、清香との関係は大事にしてほしい。桐子の初めてにしておそらく最後の学園生活が、哀しい断絶で終わらないことを願うばかりです。
なんか、桐子については心配してばっかりだなあ。ある程度、彼女を待っている顛末を既に知っているからなんでしょうけれど。
ともあれ、早く志郎は態度をハッキリさせて、桐子の不安を拭ってほしいものです。最近、温厚で物静かなはずの柳の精さんが、あまりに昼行灯な志郎に若干キレ気味なのが心臓に悪いんですよ。そのうち、本気で枝とかで首とか絞めてきそうでw


霜島ケイ作品感想