B.A.D. 8 繭墨は髑髏に花を手向けない (ファミ通文庫)

【B.A.D. 8.繭墨は髑髏に花を手向けない】 綾里けいし/ kona
ファミ通文庫


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「救われますよ…………………………何よりも救われます」

「二人が殺されたからと言って、ボクに困ることは何もない」繭墨あざかは柔らかな声で断言する。
彼女の言葉は理解できるが、怒りは募る。
ヒルガオを失った嵯峨雄介は、唐繰舞姫と繭墨あさとを殺すと言い、失踪した。
この復讐を止めなければ、今度こそ彼の心は崩壊するだろう。
焦りと後悔に苛まれる僕に、繭墨が告げたのは、あさとが座敷牢から抜け出したという最悪な事態の訪れだった――
残酷で切なく、醜悪に美しいミステリアス・ファンタジー第8弾!
前の巻の感想で、私はこんな事を書いた。
雄介に救いを、と願うことすらもうできそうにない。もう、全部終ってしまったのだから。もう、取り返しはつかないのだから。だから、これからあとはもうきっと、

ただの惨劇だ。
……今になって思う。そう、むしろ「ただの惨劇」であってくれれば。
ここで起こったことは、惨劇ですら無かった。惨劇である事すら、許してくれなかった。
今にして思う。「ただの惨劇」だったなら、それはむしろ救いだったのだ。どんなに無残で虚しくても、それは救いであったのだ。
この物語は、そんな絶望的な救いですら、許してくれなかった。
涙が止まらない。胸が掻き毟られて、血が滲んできそうに痛い。胸が痛い。心が痛い。こんな酷い話があるものか。こんな残酷な話があるものか。雄介が、どうしてこんな目に合わなきゃいけないんだ。どうしてこの子が、こんな地獄を味わわなけりゃならないんだ。かわいそうだ。かわいそうだ。あまりにも、雄介がかわいそうだ。
ああ、ああ、ああ。
だれか、この子を助けて。

でも、いつだって地獄の底でのた打ち回り、悪夢に咽ぶしかない人たちを助けようなんて真似、小田桐くんくらいしかいないのだ。そして、彼の善意は、容易に人を更なる地獄へと叩き落とす。善意が心を踏みにじる。必死でもがき息を吸おうと水面にだそうとする顔を、差し伸べた手で沈める。ボロボロに傷ついた体を暖めようと着せてくれた着物は、いつだって針の筵で、さらに心も体もズタズタに切り刻むのだ。
それを、小田桐くんは何度も何度も目の当たりにしながら、自分のした事の無残さを何度も何度も思い知りながら、決してやめようとしない。善意で人を傷つけることを、決して諦めない。
だから、誰も彼もがこの青年を憎み、恨み、呪い、嫌悪しながら、憎み切れない、恨み切れない、呪い切れないのである。心のなかの大事なものを踏み躙られ、大切に守ってきたものを切り刻まれ、尊厳を冒涜され、頑なに貫き通してきたものを惨殺され、何も成しえず破滅させられながら、それだけのことを彼に犯されながら、彼に感謝の気持ちを残して朽ち果てて行かなければならないのだ。誰も彼もが、彼に未来も希望も信念も誇りも怒りも怨嗟も人間らしさもグチャグチャにすり潰されながら、恨んでいるのに、憎んでいるのに、そんな気持ちを押し殺して、感謝して死んでいく。消えていく。去っていく。滅びていく。
こんな、むごたらしい話を、私は知らない。ここまで醜悪で冒涜的な話を、私は知りたくもない。

いっそ、壊れてしまえば楽なのに。

そう、そんな境地にすらたどり着いてしまうほどに、雄介たちの姿は見ていられなかった。あれほどグシャグシャに壊れてしまったと思えた雄介ですら、壊れ切れずにまともな心を保ち続けてしまっていた。あさともそうだ。あれは、異界から連れ戻され、今更どうしようもなく正気を取り戻させられた。久々津も、犬であらんとする安息の領域から人間である事を強いられた。ヒルガオは人間に戻ろうとして耐えられずに死んでしまった。あの舞姫ですら、矜持を保つことで人で在り続けようとあがいている。
いっそ、人である事を辞めてしまえれば。心を捨ててしまえれば。そう願ってしまうほどに、彼らの有様は地獄だった。火で焼かれるような無残さだったそれなのに、小田桐くんは彼らに人であることを求めるのである。正気で居る事を強いるのである。彼岸から此岸へと、引き戻そうとするのである。
もう、ヤメてあげてくれ。その人達を許してあげてくれ、と喘ぐ私もまた、人でなしと言う事になるんだろうか。
繭墨あざかの無関心は、冷徹さは……慈悲であり優しさなのだという事を、此処に来てようやく理解した気がする。
でも、みんな小田桐くんに「ありがとう」と言うんだよね。
苦界を這いずれと無邪気に強いる小田桐くんを呪いながら、ありがとうと言い残すんですよね。
それはおぞましいはずなのに。見るに耐えない醜悪さだというのに。
たとえそれが心をすり潰し、身を切り裂き、骨を炭へと焼かれる程の破滅だったとしても、それでも彼らは小田桐くんの善意を光だと、温もりだと、救いだったと感じるのだろうか。

だとしたら、そうでなくても、何れにしても、あまりにも救われない、「悲劇」だよ……。