楽聖少女 (電撃文庫)

【楽聖少女】 杉井光/岸田メル 電撃文庫

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杉井光×岸田メルのコンビが贈る絢爛ゴシック・ファンタジー、開幕!

 高校二年の夏休み、僕は悪魔メフィストフェレスと名乗る奇妙な女によって、見知らぬ世界へ連れ去られてしまう。
 そこは二百年前の楽都ウィーン……のはずが、電話も戦車も飛行船も魔物も飛び交う異世界!?
「あなた様には、ゲーテ様の新しい身体になっていただきます」
 女悪魔の手によって、大作家ゲーテになりかわり、執筆をさせられることになってしまった僕は、現代日本に戻る方法を探しているうちに、一人の少女と出逢う。稀代の天才音楽家である彼女の驚くべき名は──
 魔術と音楽が入り乱れるめくるめく絢爛ゴシック・ファンタジー、開幕!
ついに武将や軍人英雄といった戦闘系の歴史上の人物にとどまらず、ベートーヴェンほどの音楽家まで女性化させられる時代がキたかー。なんて感慨に耽るまでもなく【境界線上のホライゾン】でシェイクスピアが女の子だったりするパターンは散見されるので、今更っちゃ今更なのだけれど。
ともあれ、舞台こそ二百年前のヨーロッパだけれど、これ完全にファンタジー世界で史実上の過去の世界と捉えるべきではなさそうだ。そも、歴史考証など気にしないからっ、と開き直った結果がこの世界観な気もする。杉井さんは、その手の歴史的背景に忠実で雰囲気や空気感まで当時を再現しイメージをふくらませる、というタイプの作品を書く人じゃありませんからね。その意味では非常に割り切りまくってるとも言えるのですが、ここまで開き直る人も珍しいと思うよ?(笑
ただ、なんて言うんだろう。だからと言って、現代劇の焼き直しじゃないんですよね。【さよならピアノソナタ】などで垣間見えた作者が持つ「クラシック音楽」というものへの知見が思い描き出した「クラシック」と呼ばれる音楽がまさに最先端だった時代が、彩色豊かにキャンバスを彩っている、そんな世界観なんですよ。
やりたい放題やってるのも確かですけどねっ!!
何でハイドン先生が「格闘家」になってるんだよっ! 「はいッどぉおおおおおおおんッ!」って、アホかぁぁ!!(爆笑

それでも、そこは音楽と言う名の芸術が結晶化したような、ロマンあふれる夢の世界だ。
過去へと思いを馳せ、作曲家たちが残したもの、残そうとしたものを譜面へと深く深く潜ることで探り当て、現在へと繋ぎ出す、そんなどこか繊細で玲瓏なイメージのあるクラシック音楽の演奏と違い、まさにこの時代の音楽家たちは常にまだ見ぬ先を見つめ、未知の大海へと漕ぎ出し、足あともない真っ白な新雪の雪原を、脚を止めればそのまま遭難死するのだと言わんばかりの必死さで掻き分け前に進むかのような、そんな暴力的なまでの闘争を感じさせる。
戦って戦って、前のめりに死んだあとに自分の紡ぎだした音楽さえ残ればイイ、と言わんばかりの邁進性を。
それは、燃え上がる生命の讃歌だ。燃え尽きることを恐れもしない、眩いまでの命の輝きだ。限りなく、現在を生きている音楽性なのだ。
そして、その眩い輝きを、この瞬間一番高らかに掻き鳴らしていた者こそ、ルドヴィカという少女なのである。
そう、彼女こそ「ルドヴィカ・ファン・ベートーヴェン」。ベートーヴェン、その人だ。
折しもナポレオン・ボナパルトがフランスを率いて欧州を席巻する時代。その濁流のような時代の流れは、当然のようにハプスブルグ家の中枢たるウィーンにも押し寄せ、そこで音の地平を切り開いていた音楽家たちをも飲み込もうとする。しかし、魂の髄まで、芸術家にして音楽家たる彼女は、政治も国際情勢も宗教も信仰も権力や暴力すらも、留めるに至らない。彼女が汲み上げようとしていた音楽を、俗世が理不尽に閉ざそうとしたときの、彼女の魂の叫びを聞くがイイ。ただただ、魂の音色を顕現させることだけに全存在を賭したものの全霊を聞くがイイ。
届かぬ高みへと手を届かせようと足掻き悶え這いずって手を伸ばし続ける表現者たちの、芸術家たちの飢えと渇きを、きっとそこで目の当たりに出来るだろう。
そして、彼女たちがその高みの頂きへと、到達点へと至った瞬間にこそ、その最高の瞬間を永遠にするために、こう望む他ないのだ。

「時よ止まれ」と。

これは、かつて現代にて音楽に触れて生きていた一人の少年であり、著名なる物書きゲーテであり、そしてそのどちらでもなくなったとある悪魔契約者が、至高の感動を、一人の生粋の音楽家たる少女によってもたらされる物語である。果たしてその時、彼の魂を得るのは悪魔メフィストフェレスなのか、それとも彼が愛した少女なのか。悪魔に何かを望めば、対価として魂を捧げるのは当然かも知れなけれど。ならば、時を止めるほどの感動を与えてくれる相手への対価には何が相応しいのだろうとふと考えこんでしまった。

とりあえず、性的な知識については赤ん坊並みに無垢な少女に、知らないことをいいコトに色々とイケナイ事を実地で教えてしまうのは、相応の対価に相応しいんじゃないでしょうか、ファウスト先生。
まさに、悪魔の如き所業ww

しかし、読んでて一番驚かされたのが、この主人公が明らかに【さよならピアノソナタ】の主人公直巳と真冬の息子であったことでしょう。明言されてるわけじゃないけれど、何やってるか分からない音楽業界ゴロの父親とピアニストの母親。エキセントリックでやっぱり何をやってるかわからない業界ゴロの父方の祖父と、指揮者として有名な母方の祖父、とか家族構成とか親族の人物像があからさまなくらいにあの人達そのものなんですよね。これは多分まちがいなし。
それだけに、突然息子が居なくなった事に、あの人達がどれだけ衝撃を受け悲しむかを思うと、結構複雑なんですよね。果たしてどういう結末に至るのかわかりませんけれど、あの人達を哀しませる終わり方はしないでほしいなあ。