飛べない蝶と空の鯱 (ガガガ文庫)

【飛べない蝶と空の鯱 〜たゆたう島の郵便箱〜】 手島史詞/鵜飼沙樹 ガガガ文庫

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霧の上に島が浮かび、島々を行き交う交通手段は「空を飛ぶ」ことだけーー。
 「霧妖」という魔物が棲む霧の海の上を飛び、命がけで人々の「想い」を運ぶ「武装郵便屋」の少年・ウィルと、その相棒(バディ)の不思議な少女・ジェシカの物語。
 飛ぶのがヘタで風を読めないウィルと、過去の事件がきっかけで空が怖くなったジェシカ。それでも空に憧れ、飛ぶことにこだわる二人は、この世界の人々の唯一の情報伝達手段である、「封書」と呼ばれる記憶を封じ込めることができる手紙を運ぶ「郵便屋」を開業する。
 ある日、二人に<夜姫>と呼ばれる少女から「届けて欲しい」と封書が持ち込まれる。しかし、厄介なトラブルメーカーである彼女の依頼が、まともな荷物なはずがなく……。
 「影執事マルク」シリーズで人気、実力ともに評価される手島史詞が紡ぐ、最高に爽快な「空飛び」冒険ファンタジー。
 イラストは『ブラック・ブレット』『カレイドメイズ』などの繊細で美麗な絵が好評の鵜飼沙樹。
最近、チラホラと見かけるようになった、陸上がなく雲の上に浮く浮島だけが人の住む領域、という空の上の世界。必然的に、そこでは「空を翔ぶ」事が主題となり、夢となり、目標となり、場合によってはその事そのものが人と人をつなぐ絆となる。この作品もまた、そうやって「空を翔ぶ」ことに拘る二人の少年少女がメインとなってくるのだけれど、この二人がまた際立った飛翔技術を持つのに故あって高所恐怖症のジェシカと、地面の上なら喧嘩無双のウィルという、空の上駄目じゃん、というコンビでおいおい(笑
それでも、この二人は空の上がよく似合う。
引いては、二人きりがよく似合う、という方が正確か。蒼穹の果て、雲の他には何もない広大で無辺な空間の中に、ポツンと浮かぶ二人の乗った翼船。どんな狭い部屋よりも、どんなに暖かい布団の中よりも、多分お互いの存在と熱を感じ取れる二人きりの、二人だけの為の世界。
そもそも、墜ちた記憶でPTSDを発症するほどの高所恐怖症になりながら、それでもなお空を翔ぶ事にジェシカが拘るのは、決して空を飛びたいという本能だけじゃないと思うんですよね。彼女の出自からして、地上の上に居るよりも、たとえ恐怖による発作で心身が打ちのめされようとも、ウィルと二人きりで居られる「空の上」こそが一番安心できる世界なんじゃないでしょうか。普段、辛辣な態度ばかりとりながら、ふと宿で目を覚ますと自分一人きりでウィルの姿が見当たらなかった時の、ジェシカのあの狼狽え方と心細そうな様子を見てしまうと、彼女にとってのウィルの存在の大きさとは、それこそ世界に等しいものなんじゃないかと思えてくる。同時に、ウィルにとってもまた、ジェシカの存在は自身の夢と等価、というかそのものなんですよね。二人にとって最も大事な、空を翔ぶ、と言うことは、同時にお互いの存在を抜きにしては語られない、不可分の意味を持つ事なのです。空を翔ぶのではなく、二人で空を翔ぶ事こそが、彼らにとっての全てなのですから。
だからこそ、ウィルとジェシカには、ただ二人きりの空の上がよく似合う。お互いへの想いによって結ばれて空の上にある二人だからこそ、誰かに伝えるために込められた想いの結晶である「封書」を運び何があっても届ける「武装郵便屋」という仕事がよく似合う。

今回の仕事は、終わってみれば封書を届けた先の人の、生きた意味を見出し決定付ける仕事でした。同時に、その人の人生を見送る役目を担い、交わる事の出来なかった二人の男女の結末に安息を与える仕事でもありました。
この手の「手紙」を届ける仕事モノの定番と言えば定番なんですけれど、離れ離れになってしまった人生を繋ぐことって、どうしてこうも感動的なんでしょう。心残りが解かれて、しこりや後悔が想い出に変わる瞬間の、なんと清々しく優しく、切ないことでしょうか。
私としては、見送られた男もさる事ながら、残される形となり、或いはずっと続いていたものの終わりによって解放を得たヒルダの想いにこそ、想像の翼を羽ばたかせてしまいます。願うなら、その終わりの先が余生などではなく、新しい人生であれば、と思うばかりですが。まあ、想い出は大事な想い出として、今後ガツガツ生きていきそうなバイタリティ、十分ありそうですけどね、アノ人。

ともあれ、切なくも透明感ある雰囲気は素晴らしかったです。このままブレずにウィルとジェシカ、二人の、二人だけの物語を大事にしていってほしいなあ。

手島史詞作品感想